ガシャポン彼女
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 空に若干の暗色が満ち始めている。道路を忙しなく行き交う自動車の群れが、少々の騒音を辺りにこぼしていた。

「全くよお!」

 実に不愉快な気持ちを抱えたまま、一人の高校一年生が石ころを蹴飛ばした。目を妙にぎらつかせ、唾を道路に吐きかける。相当機嫌が悪そうだ。

 身長は十五歳の平均よりやや低い。頭髪はハリネズミとまではいかないが、十分に逆立っている。ワックスなどをつけている感じはなく、彼の毛が元々有する性質なのであろう。

「あー、なんで文化祭なんてあるんだろ」

 文化祭、体育祭――ありとあらゆる行事は、彼にとっては面倒くさいとしか言いようのないものなのだ。

「お前もそう思うだろ?」

「確かに、ね。面倒くさいよね、てへへへ」

 山村聡美が、いつものように笑う。

「それよりさ、スプレー缶て爆発するのかな?」

 唐突で、話の流れを無視した質問に、小石芳治(よしじ)は咳き込んだ。

「どうだろうな。やってみなきゃわかんねえ」

 夏の暑い日差しの中、小石はまた石ころを蹴飛ばした。

「小石が、小石を蹴飛ばしたら駄目だよ」

「うるせえ」

「てへへへへ」

 つまらぬ会話をしながら、彼らは当てもなく、ただぶらぶらと町内を練り歩いていた。ゲームセンターは遊びつくした感があったし、どこかで夕飯するには、いささか時間が早すぎる。その上、不快な出来事があった後とあっては、何をするにしても、あまり気分が乗らなかった。

「今日は、これくらいで解散するか?」

「待ってよ。スプレー缶を爆発させないの?」

 聡美の勧誘に、小石は唸った。文化祭、体育祭よりよほど魅力的な実験ではあるが、それでもやはりあまり気が進まない。

「確か、俺のダチでそれをやった奴がいたぞ」

「本当? でさでさ、どうなったの?」

「ああ、なんでも、公衆便所の窓を吹き飛ばして、中は真っ黒こげになったとか。後、爆発音も凄かったらしいな」

「なんだあ。やっぱ爆発するんだ。でも、やってみたいな。この目で確認しなきゃ、なんか信じられないもん」

 その一言に、小石は妙な危機感を覚えた。聡美の知的好奇心旺盛なところは、素直に評価できるのだがしかし、こういった場合、極めて危ないのである。

「や、止めておけって」

「うん、じゃあ今日は料理作ってあげる」

 小石は、思わずむせた。聡美の手料理ほどひどいものはない。

「まあ、俺は家でしなくちゃならないこともあるし、今日はこの辺――」

「駄目」

 聡美の声が小石の言を、容赦なく拒絶する。その上、今までの快活で柔らかな笑みが消失していた。

 急速に冷え込んだ彼女の表情を見て、彼の精神も一気に冷やされる。このままでは、まずい。やはり逆らえない。抗えない。

「はい、解りました」

「それでよし」

 何がおかしいのか、聡美が笑い声をつけ加える。

「じゃあ、カラオケ行って、その後夕食にしようよ」

 今日の予定を全て決められ、はいはい、と小石が言うと、

「『はい』は一回で結構!」

「はい」

 急に厳しい声になる。

 彼女は大変扱いに困るものの、それでも小石は好きな女のためなら我が身をつくすべきだと信じていたし、それが道理と認識していた。しかし将来的には危険物取り扱いの資格でも取得しないと、彼女を扱えなくなるかもしれないな、と真剣に思った。

 

 

 家へ足を向かわせながら、小石はもんもんと考えていた。いつから、自分が聡美の半奴隷的存在に成り下がってしまったのか、ということについて。いや、奴隷ではない。小石はあくまで彼女に奉仕しているのだ。

 男の価値はどれだけ彼女のためにつくせているのかによって決まる、というやや偏った信条を彼は掲げていた。

 つき合い初めの彼女は実に慎ましく、おっとりしていて、それでいて笑みは明るかった。最初は直視すらままならなかったものだ。

 小石は盛大な欠伸をかまし、ふらりふらりと歩き続けた。どうにも、彼女と夕食をともにした後は、大きな疲労感が彼に覆いかぶさるのである。

「眠い……」

 まぶたが重くなるのを感じながら、それでもこんなところで眠るわけにはいかない、と彼は自制心を懸命に働かせた。

 だがそれも虚しく、バス停のベンチに腰を下ろしてしまった。

 

 

 どれほどの時が経ったろうか。底の深い意識から起き、辺りを見た。闇が浸透しつくしている。

 なんてこった、と彼は自分の頭を、とんと叩いたが、どうしようもない。

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