ガシャポン彼女
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 もうそろそろいいだろう。おい、と喝を入れてやろうとした時だった。なんともかわいらしい寝息がする。まさか、と小石が彼女の顔をそっと見ると、そこには平和な寝顔があった。

 起こそうとしたが、そうすると何か理由をつけて怒るかもしれない。触らぬ神にたたりなし、と言うではないか。

 小石はそっと逃げようとしたが、いかんせん彼自身が彼女のベッドになっていた。ベッドを取り払われて起きない者はいない。

 どうしようもなかった。小石はそれはそれは深い溜息を長々と吐きだしてから、そうっと彼女をおぶって、歩き始めた。

 彼女の家まで、ニキロメートル弱。

 気分滅入る。

 心が沈んでいく。

 自分でいることを忘れて、寝てしまいそうだ。

 これ以上不平不満を積み重ねるのは止めよう。全くの無意味だ。さあ行こう、と一歩踏みだそうとした時、聞き慣れない音がした。

 低くて、物悲しい旋律。それがまた一つ現れるも、最初のものとはタイミングがずれており、不協和音でしかない。

 鐘の音は、死者蘇生しかねない不気味な音を着飾り。

 それを聞いて感じる苛立ち。

 

 

『ここには純然たる規則がある。

 一つ、この世界から脱出し、二度とここに戻らなくてもよいとされる者は敵を屠った者の中から毎月十名を無作為に選ぶ。それ以外は、私の手によって無作為に殺す。

 二つ、同士討ちを禁ずる。同士討ちをした者は、現実世界へ戻る権利を失う。また、同士討ちをした者の命を剥奪した者は、一度だけ無作為に選ばれる十名の対象とはならない。

 三つ、この世界のことを現実世界で来訪者以外に話すことを禁ずる。話せば、私の手によって殺す。

 四つ、この世界に来訪した時、いるべき場所を空に表示する。そこに二時間以内にいなければ、私の手によって殺す。

 以下は助言である。長年愛用されているものには魂が宿っている。それから使者を呼びだし、戦わせれば有利な展開になるだろう。同時に契約を結べる使者は二体までだ。別の使者に切り替えたい場合は、契約破棄をすればよい。ただし、契約破棄には一日かかる上、その間、一体の使者しか使えなくなるリスクを肝に銘じておけ。以上。健闘を祈る』

 頭の中に居座り続ける不愉快な言による残響。

 大きく揺さぶられた感情。

 不快感が、十五歳の男女の心に誕生。

 気づくと、あのスイートホテルの部屋の中。東森、学校で会った少女、真南夢もいた。しかしながら、三十五歳の姿だからだろうか、どこか現実との雰囲気がずれている。こちらの真南夢の方がおっとりしているのだ。

「お帰り」

 やはり、と小石は確信した。こちらの彼女は、優しい空気を醸しだしている。

「あ、あれ、あれ?」

 東森が頭を抱えて、うわー、と叫んでいる。こちらに戻る、なんて思ってもいなかったのだろう。

 理由はどうであれ、運良くまともな世界に戻ったと思ったら、またこちらに来てしまったのだ。彼でなくとも、そういう反応をしてしまうのが普通にちがない。

「東森に話してくれ」

「え? 何を?」

 きょとんとした目で、真南夢が小石を見る。

「だからさあ――」

 低い振動音がする。

「あ、ちょっと待ってねー」

 真南夢がポケットから携帯電話を取りだし、何者かと話し始める。

 その時の彼女の瞳には、悲しげな色合いが降りていた。それに加えて沈んだ口調で、先程まで明るく振る舞っていた彼女らしからぬものであった。

「あ、ごめんねえ。そういうことだったのね。いいよ、じゃあ東森君に教えてあげる」

 彼女が真実を伝達するにつれ、東森の顔は曇り始め、やがて陰気な空気に包まれた。

「待ってくれよ。そいじゃあ、なんだ? 俺は殺し合いをしなきゃならんってことかいよ?」

「そうね。私も嫌だけど、しなきゃなんないし」

 三つの暗い溜息が、重なり合う。誰しも戦いたくないのだ。特に生命略奪行為をともなうものは。

 真南夢が二度目の溜息を吐いた時、小石はさすがに違和感を覚えたので、彼女に問うた。

「かなりキャラ変わってないか?」

「あ……現実世界で私と会ったんだね?」

 ああ、と小石が短く返すと、「それは私であって私じゃないんだ」と謎めいた解答を渡された。

「私ねー、真南夢の使者によって産みだされた分身なんだ」

「ブンシンナンダ」

 自称分身の使者が、片言で繰り返した。

 彼女によれば、どうやら、真の真南夢の使者――主は鏡の力を持っており、それによって分身を作り、三十五歳と戦わせているというのだ。

「てえことは、なんでえ、本物の方は安全地帯で極楽生活を送ってるっつーわけか。ひでえ野郎だ」

 先程まで意気消沈していた東森が、急に彼のいつもらしさを取り戻す。

「私だって嫌よ! 使者なんてまっぴらごめんだし」

「ゴメンダシ!」

 鏡の亀もどきの無機質な声が繰り返すと、彼女が、ごめんね、と言って使者の頭を優しくなでる。亀は、満足げに目を細めた。

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