ガシャポン彼女
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「私だけじゃないの。なんていうか……使者をうまく使いこなせない人とか、強い使者を見つけられていない人は皆、鏡を使ってるの」

 鏡。

 その中でも、古ぼけたもののほとんどには使者が眠っている、と彼女はぼそりと言った。しかも荒くれ者の使者がいたり、言うことを聞かぬ使者がいたりするのが常なのだが、鏡だけはそういうことがない、と。

「私は主に逆らえない。使者の存在なら逆らう意思さえあればできるけど、でも私は使者の産物。主からの命令は使者へ伝わり、使者からの命令は私に送られる。それは絶対的なもの。逆らえない……ある程度はね」

 そこで、ふふふ、と笑い、彼女は舌先をちょろりと出してみせる。

 小石と東森は顔を見合わせた後、再度彼女へと視線を向けた。

「主が、私に命令できることは一つだけに限られているのよね。だから主は、三十五歳を殺せとか、今からこっちに戻ってこいとかいう命令はしないの」

「じゃあ、どういう命令を?」

 東森が身を乗りだして聞くと、彼女は髪を手櫛ですいた。

「『真南夢が生き残るために最善の選択をしろ』という命令ね。だから、内心で主を呪おうが、途中で友達を作ろうが関係ないってわけ。だって内心で主を呪うことは私のストレスの捌け口になって心を落ち着かせることに役立つかもしれないし、友達を作るのはもしかしたら仲間が増えることであって、三十五歳を倒すのに有利になるかもしれないでしょ?」

 ううむ、と小石は唸った。命令の抜け道を巧みに見つけだし、都合良く解釈する。招喚された悪魔と主の関係に似ている。

「なるほど……。それより、俺達は本当に三十五歳側を殺さないと駄目なのか?」

「運に身を任せる、というのもあるよ」

「運?」

 東森が聞き返したけれども、小石は瞬時に彼女の言いたいことを理解した。現実世界に無事帰り、ここに戻ってこなくともよくなるのは十名。それ以外は無作為に殺されるのだがしかし、運がよければ殺されずにすむかもしれない。

 生き残るには強力な使者がいる。そこで、小石は主たる真南夢からの忠告を思いだした。使者を見つけなくてはならない。今のところ、枕くらいしか思いつかない。

「あははははっ! 枕って、それは弱すぎるよ。そんなものを使者にしようとした人なんていないし、した人もいないって。ぐーすかぷーすか寝て、それで時間を消耗して、どうするの? ただ、時間が流れてしまうだけだよ。共鳴のしやすさからいっても、多分へっぽこだよ! 鏡と同じくらい駄目な使者なんじゃないかなあ」

 あ、でも、寝ている時ってすぐに時間が経っちゃうね。まるで時間を移動したような感じだし。暇潰しには最適かも、と真南夢が小石の額を小突いて、おちょくる。

 二度目の突きは防ぎ、小石は、今この世界には何人いるのか、聞いてみた。

「この前から変わっていなければ、三十名ね」

「三十名かよ! そりゃないぜ。じゃあ、相手を全員潰しても、十五歳の俺らにも被害がくるってことか」

 ええ、と彼女は悲しそうに肯定する。

「人数はね、空に投影される。それを見て、皆、殺戮に精を出す」

 殺人に精を出す。

 命の略奪行為をなすことに抵抗なく。

 敵を抹殺するために、自ら手を下す。

 どうしてそう簡単に奮起できるだろうか。小石には全く解らなかった。

 軟弱な精神では、ここで生き抜くことはできない。小石は歯軋りした。生き残りたい。生存したい欲望は、幾重にも積まれた地層より分厚く、どんな柱よりも太い。

「私はここに来て三ヶ月になるけど、でもいまだに殲滅に成功したことはないの。本当に、たまたま生き延び続けているだけでさ」

 有刺鉄線が心に絡んで、痛めつける。彼は己自身のためにも生きたかったが、何よりも聡美のために生きたかった。

 今、彼女が小石を失えば、再び深海に閉じこめられたような状態になるにちがいないのだ。盲目になった聡美は、痛んだ心を抱えながら生きていくはずだ。

 小石は、自分が彼女をどうにかできる、という絶対的な自信を持っているわけではなかった。だが、他の男は信用できない。

 彼女もそうだろう。や、ともすると、まだ小石本人でさえ七割方程度の信頼しか勝ち得ていないのかもしれない。

「よく今日まで生き延び続けたな」

と小石。

「まあ、そうね……私も今まで何度も餌食になりかけた。そのたびに、このミルクちゃんに助けてもらったんだけどね」

 この鏡亀もどきは、ミルクちゃんという愛称をつけられているらしい。

「雄? 雌?」

 小石が聞くと、雌なの、と真南夢が嬉しそうに答えた。

「性器の有無でも確かめ――」

 そこで、東森の言葉は停止された。真南夢の鉄拳が、見事、彼の額を捉えたのだ。悪人面の彼は、うげっ、となんとも情けない声を漏らした後、ばったりと後ろに倒れ、伸びている。

「失礼ね! だいたい、使者にはそんなものないの!」

 性器を『そんなもの』扱いしてから、真南夢は小石の方を向き、じゃあ行きましょうか、と言った。

「ど、どこへ?」

「決まってるでしょ? 外よ、外。空を見るためにね」

 

 

 ホテルから出るまでの間、彼女は空を見るべき理由について説明してくれた。さすがに三十名という人数では、日本全土で巡り会う可能性はほぼないだろう。しかしながらそれだと三十五歳側にしても十五歳側にしてもあまりに酷なので、トキはこちらの世界に来訪した時、空にあるお告げをする。

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