ガシャポン彼女
トップ バック

 

 そう、トキが述べていた四つ目の純然たる規則だ。二時間以内にいるべき場所が空に投影されるのだ。

 二時間以内。もし北海道にいる時に、沖縄などを指定されたら、たまったものではない。

「最初こっちに来た時、俺らはそんなもん見なかったぞ」

「でしょうね。最初だけが、かなりの天国気分だものね。なんの縛りもないから。頭の中でトキの声を聞かなかっただろうし、指定区域もなかっただろうし。だから皆、その時のことをこう呼ぶの。『天国の時間』って」

「天国かあ。『あん時』が天国なんてこれっぱかしも思ってなかったが、今よりよほど天国だな、ははは、はあ……」

 そこで東森が、あ、と言って、ぽんと手を叩いた。

「なんだ?」

 ロビーを抜け、小石が外に出、次いで真南夢が出る。

「あの女の子が俺らの近くにいたってことは、あそこは指定区域だったんじゃねえのかな、と」

「女の子? とすると、三十五の方ね。あなた、彼女に何かされた?」

「いんや。なんか、逃げ惑うもんだから、こいつ――」

 東森が、ライターをしまってあるポケットを叩いてみせる。

「――を使って、捕まえてやろうと思ってよ。しっかし、やっこさん炎を浴びても平気なんだよなあ」

「もしかしたら、その人、ダイスかも」

 ホテルを抜け、空を見上げながら、彼女が説明した。

「ダイスの使者は強運の持ち主。今まで誰も殺したこともないし、殺されることもないだろう敵……今までのトキによる無作為の殺人からもするりと脱出し続けている人ね」

 とすると、東森が懸命に放っていた火炎も、彼女は強運によって火傷の一つも負わなかったということになるのだろう。なんて小賢しい能力なのだろうか。

 不公平不平等感が、ゆっくりと広がる。

 苦労で口調も、刺々しいものになりかねない。

 気力が、凄く減る今日も。

「あ、後ね、みんな、さっきの頭の中で響いた声にはちゃんと従ってね。でないと、死ぬから」

 死。重苦しい事実に、小石も東森も、刹那、呼吸を止めた。肌がぞくり、とする。小石は身震いし、真南夢の言葉の続きを待った。

「現実世界で狭間について話した時の死に様が、一番ひどいよ。ある人は急に内蔵を飛び散らかして死に、またある人は急にそこにうずくまって静かに死んでゆく。腕や足が急に切断されて、出血多量で死ぬ人もいる……」

 自分は死ぬとしたら、どんな死に様なのだろう。首を一刀両断されるのか。それとも、激痛に悶え苦しみながら糞尿でも漏らす、という惨めな死を晒してしまうのだろうか。

「ほら、上を見てよ」

 彼女の言葉に従ってみると、小石は「あっ」と小さい叫びを漏らした。

 上空に、不自然な飛行機雲によって形成された文字が浮かんでいる。

 

 35歳:10

 15歳:15

 指定区域:京都府

 執行期間:30

 復帰時間まで後:2時間1113

 

 復帰時間とは、元の世界に戻るまでの時間を示しているのだろうか。それはさておき指定区域は、幸か不幸か、小石の家があるところだ。

 これであの愛用している枕を回収できるというものだが、果たしてそれがいいのかどうか。裏目に出るかもしれない。

「うっわ」

 真南夢が、げんなりした表情を見せる。油物を多量に食した後のような顔である。

「えーっとさ、ところで、ここはどこでえ?」

 おずおずと東森が聞くも、真南夢は、うー、と小さく唸っているばかりである。よほど、ここが京都から離れているにちがいない。

「ここね……」

 小石の心臓が、大きく脈打つ。

「東京」

 京都府に二時間で行くにしては無謀な状況。

 気分が上々なんてことは決してなく、絶望のみ強調。

 これには、真南夢という少女も少々どころか、相当な絶望感に打ちのめされているのだろう。

 うう、と小さな呻き声を漏らし続けている。小石もそれに倣いたいところだが、悲観していても仕方がない。生存できる可能性が僅かでもあるのならば全力前進あるのみというのが、彼の心情にあるものであって、信条であった。

「行く方法ないのか? や、飛行機とかなら行けるだろ?」

「しかしよお、生憎俺は飛行機なんて運転できねえよ。それは、お前らも一緒じゃねえのか?」

 こくり、と真南夢が頷く。小石は歯軋りした。確かにそうだ。よもや十五歳にして、飛行機が運転できる技術を持ち合わせている人間はいないだろう。

「あ、分身の私が死んでも、主は大丈夫なんだけどね……」

「お気楽なこった」

 東森が、皮肉たっぷりに言う。

「お気楽じゃないし!」

 真南夢の頬が膨らむ。彼女によると、分身が指定区域にいれば、主はそこに行かずに済むのだそうだ。

 また、たとえ分身が指定区域内で死んだとしても、『純然たる規則』の四つ目、指定区域内にいないということになって、主がトキの手によって殺されることはない。

「なんでえ、鏡の主は皆、安全なところでぬくぬくと暮らしていやがるのか。信じらんねえな。つか、自分の分身と力を合わせて戦えば、かなり有利になると思うが?」

トップ バック ネットランキングへ投票(月一回)
Newvelに投票
web拍手
inserted by FC2 system