ガシャポン彼女
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「でも、鏡を使う人は、皆、他の使者になめられていたり、なかなか魂が共鳴できなかったりする人達だから……」

 他にも、彼女は鏡の主達について語ってくれた。

 三十五歳側は解らないが、十五歳側の鏡の主達は、どこかに固まって隠れているらしい。万一、敵に奇襲されても協力し合えるように、だそうだが、果たしてそのような人間達が、敵の来襲を受けたからといって一致団結するのかどうか、はなはだ怪しいものである。

 前にいる人間を突き飛ばして、自分だけ裏口から逃げるのが関の山だろう。それにしても、話を聞けば聞くほど、鏡の使者は臆病者だ、という認識が強まる。

「まあ、いいや。そんな駄目駄目な人間達にかまけている時間はない。今は、助かる方法を探そう」

 三人は、指定区域内に到着する方法を模索し始めた。

 乗り物系で行くのはどうだろうか、と東森。しかしながら操縦できる乗り物といえば、自動車くらいなもの。

 飛行機を操縦できればいいのだが。

 自暴自棄になりたい。

 小石は、理性とは無縁で粗暴な感情が湧き上がるのを感じた。落ち着け、落ち着け。

「待てよ……」

 使者、そう使者だ。飛行機の使者を見つけだすことができれば、運転できるのではなかろうか。

「うん、言われてみればそうだよね。じゃあ、飛行機の使者探そっか」

 小石達は自動車に乗り込み、羽田空港に向かった。

 

 

 手分けして、皆で共鳴できそうな飛行機を探したが、どれもこれも共鳴することはなかった。

「くそっ!」

 空を見ると、与えられた時間が無情にも刻み続けられている。心までもが、それと比例して刻まれているように思える。

 ひとまず三人は共鳴可能かどうか確認した最後の飛行機に集合し、その身を寄せ合った。

 停滞した空気。

 空に浮かぶ生存可能時間を示す数字。

 たどってしまった運命は数奇。

 機内前方にあるデジタル時計は、時間を刻んでいない。どうやら、今日は時が流れていない日であるらしい。

「共鳴できねえ。終わった……」

 悪役面が、悲観めいた台詞を吐く。

「まだ諦めるのは早い」

 共鳴できなかったのは、何かの間違いかもしれない。小石は、改めてコクピットへ向かった。

 対気速度計、人工水平儀、高度計、VOR、旋回計、定針儀、ADF。様々なメーターが並んでいる。

 飛行機は飛んでいないし、操縦士がいるわけでもないのに、ぴんと張った雰囲気は流れていた。小石は適当なメーターに触れて、目を閉じた。意識を集中してみる。が、魂の共鳴とやらの気配は一向に感じられない。静まりかえったままの内面。

 肩をすくめてから、小石は、おや、と思った。

 操縦席の下に、何か白い物が見える。なんだろうか。手を入れて、引っ張りだした。薄汚れた手袋だ。それは、焦げた、とまではいかないが、かなり煤けているような感じである。一体何があったのだろうか――と、身体の深層部分が熱くなり始めた。

 不自然な熱が心の地底から起き上がり、昇り始める。これが、魂の共鳴なのか。しかし、手袋と共鳴してなんになるのだろう。

 無利益、無意味、益体ないだけだ。捨ててしまおうとしたが、その前に、すでに彼と手袋の共鳴は完了してしまっていた。小石の中で使者としての能力が生息を開始し、手袋は従者になっていた。

「出ろ」

 試しに言うと、空気の抜けたような音がしただけで、手袋は無反応を決め込んでいる。従順ではない使者なのかもしれない。

「おい、こら」

 乱暴に手袋を叩いてみるも、死んだように動かない。

「くそったれ」

 小石は、ぽい、とその手袋を捨てて、どっかと操縦席に腰を下ろし、しばし冷たくて無意味な時を過ごした。だが、ずっとそうやっているわけにもいかない。暇すぎて、他にすることがない。捨てた手袋を拾い上げ、小石は、何とはなしに手袋をはめてみた。

 かちり、と歯車と歯車が噛み合うような、一瞬だけ重力を失う、そうジェットコースターに乗る時に感じる一種の恐怖感のようなものを、小石は嗅ぎ取った。

 手袋から、渦巻く太い二本の角を頭部から生やしている使者が現れる。四肢で歩くそれは、紫色の毛をまとっていた。体毛は羊に似ているが、耳が細長く、兎を連想させるところや、爪が黒曜石のような光沢を帯び、いかにも硬そうなところが、それを羊ではないものに留めている。大きさはとても小さく、掌に収まりそうだ。

 じっくり観察していると、どういうことか、飛行機を始動させるに必要であろう処理を、手が勝手にこなし始める。

「わわわ」

と言っているのもお構いないしに、である。気づけば、飛行機はエンジンを唸らせ、飛翔している。この頃になると、東森と真南夢がコクピットに駆けつけ、賞賛の言葉を、彼に浴びせていた。

「さっすが、やるねえ」

 うりうり、と東森が小石の頬をつねる。

「邪魔するな。まあ、集中力は要らないみたいだけどさ」

 小石が何も考えなくとも、手袋は自動で動いてくれるのだ。

「後は、この手袋が、京都までちゃんと連れてってくれればいいんだがな。それより、この世界について知っていることを全部教えてくれ。言い忘れていることもあるだろうし。でさ、それを手がかりに、こっから抜けだそう。もしかしたら、トキって野郎の掌でサンバを踊らずに済むかもしれない」

 

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