ガシャポン彼女
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「まーな、三十五歳の方々と殺し合いなんてしたくねえもんな、よし、真南夢さんよ、説明よろしく」

 東森が真南夢に敬礼してみせると、彼女は知る限りの知識を披露してくれた。まず初めに教えてくれたのは、使者について、である。使者が眠る物とは、往々にして古めかしいもの、である。

 だがしかし、古臭いものばかりに使者が眠っているとも限らない、のもまた事実だ。真南夢曰く、おそらく年期物に使者が生息しているのではなく、愛用されたものに詰まっている、のだという。

「多分、長年愛用されて、その物に魂が宿っていると思うんだよね。でさ、引っ張りだされた魂、それが使者なのよ」

 そうであるならば、地球上の有体物の多くが、使者の生息地になっているということか。小石は彼女の説明を咀嚼して、別の解答を導きだした。

「じゃ、じゃあよお、時が停滞している日と、そうでねえ日があるのはどういうことだ?」

「解らない。なんなんだろうね。ここはパラレルワールドみたいなものなのかな」

 真南夢の首が、傾げられる。

「しかし、規則性の違うパラレルワールド二つを行き来するなんて物語、映画、漫画は、少なくとも、俺は知らないな」

「んー、でもよお、時間以外は、全部一緒だぜ?」

「いや、犬猫、その他の動物もたまに見かける。生物はいない、ってのが、この世界の大前提だろ? これはどう説明できる? しかも、これが時間の流れと密接に関係しているみたいだしな」

と小石。

「あ、そういえば、時間のことなんだけど、たまによく解らないもやもやーっ、としたものが現れるのよね」

 もやもやーっ、と真南夢が両手でそれを表現してみせる。外見だけは大人の少女が、そうやってみせているのは、どことなくかわいらしい。

「そのもやもやしたもの、皆は逆巻空間って呼んでるんだけどね」

「逆巻空間?」

「うん、なんかね、そのもやもやーっ――」

 そこで、また真南夢が両手を使って、『もやもやーっ』を再現してみせる。

「――としているところに、物を放り込むと、それが消えちゃうのよね……だから、逆巻空間って呼ばれてる。これを使って、三十五歳を殺した人も現にいるし」

「うーん、じゃあそれを使って、ここから抜け出して、殺し合わずに済むってことは無理かあ」

 がっくし、と東森が俯く。

「ところでその逆巻空間ってやつは、どこにあるんだ?」

「ここに入るたびに場所は変わるから、なんとも言えないけど。でも、見かけるところの周辺には一杯逆巻空間があるね。逆に見かけないところでは、とことん探しても駄目だよ」

「この飛行機にはあったか?」

「飛行機……あ……そういえば、エコノミークラスの方に小さい逆巻空間があったよ。あの大きさじゃ、人は入らないね」

 逆巻空間とは狭間の墓場。まさかそれこそがトキからの強制的拘束の魔手からすり抜ける鍵となるとは、やや考えにくい。

「そうか。逆巻空間か……ま、ともかく、逆巻空間とこの時間停滞日と時間進行日については、全然解らないってこと、だろ?」

「うん」

 明るく真南夢が返事すると、東森が、何がそんなに嬉しいんでえ、と彼女の額をぺしぺし叩いている。

 それっきり、会話は中断された。あいにく、今は空にいるので指定区域や、復帰時間が解らない。

「つか、京都付近に空港なんて、あ――」

 突如、飛行機を暴力的な何かが打ち叩く。

 飛行機が損壊。

 発生源不明の力が、飛行機を叩くこと四回。

 真南夢が、とっさに身構えた。

「もしかしたら、三十五歳が、攻撃を仕かけているのかも」

 真南夢の顔を見ると、恐怖に引き攣っていた。狭間においては、小石や東森よりも先輩の彼女だが、戦いには不慣れらしい。

 しかしながら命の奪い合いとなると、それが普通なのかもしれない。殺戮に慣れたら、それこそ人としての何かを喪失したように思える。

 機体が、みしみしと悲鳴を上げた。動力源不明の圧力が、機体に巻きついているらしい。

「くそっ! おい――えーっと、ライターだから、ジッポ!」

 ライターを上下に振り、東森が兎もどき――ジッポを呼びだす。

「ひとまず、俺はこいつを連れて、外を見てみる」

「待って。敵はこの飛行機を落とそうとしていないと思う」

「なんでえ? なんで、そんなことが解る?」

 口をへの字に曲げて、東森が首を傾げる。

「私だったら、そんなことしないもの。これだけの力を持っているなら、狙うとこ狙えばとうに飛行機は墜落しているだろうし……」

「つまり?」

「敵は、この飛行機に乗りたがっているんじゃ?」

「しかし、飛んでいる最中に入るなんて」

 聞き慣れない人の声が、奥の方でした。なんらかの手段を講じて、機内に潜り込むことができたようだ。先程の荒々しい音は、機内に入る為に必要な措置にともなうものだったのだのだろう

 真南夢と東森が、使者を前に出し、身構える。小石もそれに加わりたかった。しかし、今手を離すのはまずいような気がした。

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