ガシャポン彼女
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 自動操縦に切り替えればいいのだが、どうにもそれはなされていないらしい。紫色の使者は、あくまで手動で飛ばしたいようだ。一種の職人気質を感じる。

「ここにいたか、子供達は」

 真南夢と東森は、顔をしかめた。

 おかしい。

 両者とも扉に視線を向けていた。入ったとすれば、即座に解るはずだ。しかし、少し掠れた感じの声は、背後からするではないか。

 小石を除く二人は、さっと振り向いた。そこには、丸刈り頭の少年姿の大人がいた。鼻先を人差し指でなでている。

「この飛行機に乗せてくれないか?」

 表情はまるで氷でできているのか、頬をぴくりとすらさせない。緊張しているようだ。

「飛行機を操縦する使者は、こっちにはいないんだ」

 どこからどう見てもガキの格好の人間が、懇願する。

「いきなり乱雑に、そこに入るのはよろしくなくて? しかもノックもしないで」

 今度の客は、ちゃんと扉から入ってきた。少女だ。口調と容姿が明らかに不一致だが、目の中に潜む光だけは一致していた。見知らぬ少女の瞳には、子供であるならば決して所有しない成熟した光がこもっているのである。

「私達も随分困っていたのよ。東京から京都まで、僅か二時間で行くにはどうしたらいいかって。あ、でも争って、使者を奪うつもりはないから安心してね。殺したいなんて思ってないから」

「嘘! 信じられない!」

 真南夢が叫んだ。目は恐怖でやや大きく見開かれ、手はかたかたと震えている。

 彼女の言う通りだ。十五歳達、少なくとも小石以外を生かしておく必要など、三十五歳からしてみればまるでないのだ。殺さなければ、自分の命が危険に晒されるのだから。

「そんなことはないさ。よし、証拠を見せよう」

 彼が、携帯ゲーム機を取りだす。それは昨年発売された人気の機種で、店頭でもよく見かけるタイプのもの。相当使い込んでいるようで、すでに数カ所の傷を負っている上に、手垢で若干黄ばんでいる。それに、よく解らない付属品が、その携帯ゲーム機に埋め込まれていた。

「エミュレート!」

 携帯ゲーム機から幾重もの線状の光が、彼の肩へ向けて伸び、それらが複雑に絡まり合い、やがて形を成す。

 気づけば、少年の肩には全長四十センチメートルのものが、面倒くさそうに動いていた。

 丸く磨き上げられたような小岩に類似する複数の突起を背中に並べ、尻尾の先には水晶に近い光輝をまとう球体が接続されている。身体は墨色が基本で、白がところどころに刷毛で乱雑に跳ねとばしたような状態だ。

 四肢を有するそれの顎の部分は、ペリカンのように垂れ下がっており、目は抜け目なく、常に周囲を窺い続けていた。

「さあ、文字を書いてくれ。頭の中の文字を」

 少年姿の大人が言った。エミュレートと呼ばれた、人によっては気色悪いとさえ思うだろう使者が、舌先で空気をちろちろとなめた。

 新聞紙を燃やす時に産まれる音がし、空中に青文字が浮かび上がる。その文字の集合体は、パソコンで打たれたような、なんの感情も掻き立ててくれないものだった。

 

 ここで殺人を犯した者は死ぬ。

 

「まずは、この規則を追加しようか」

「ええ、そうね。了解」

 いつの間にか手帳らしきものを持つ少女の腕に、使者が物静かに佇んでいる。まるで鷹匠のようである。だが鷹と彼女の腕に居座っているそれとは、随分と違う。

 ふわりとした羽毛に包まれ、ずんぐりとした体型に見えるし、目は眠いのか半目である。その瞳は、どこかおかしかった。そこには、数字が彫り込まれている。どうやら、『1』と表示されているようだ。

「これね、現在彼が受け持っている規則数なの」

 少女が説明した後、

「さあ、規則を見てちょうだい、ルールちゃん」

 ずんぐりした鳥――ルールに、優しい声をかける。半目が、刹那だけ、くっと開かれる。がしかし二秒後には、またとろんとした目に戻っていた。その目から『1』が消え、『2』が装填される。

「規則の追加完了」

「規則?」

 東森と真南夢の声が合わさる。

「私の使者は規則書なの」

 彼女は某大学助教授で、化学の研究をしているらしい。仕事柄、彼女は研究中に発見した規則性について、自身のメモ帳へ刻み込んでいた。

「規則書に書かれた規則は絶対的なもの。半径5メートル以内で破れば、死ぬ。絶対に免れることはない。ね、殺す気はないでしょ?」

「けど、その規則書の効果が本当にあるかどうか解らない」

 小石が眼前に広がる雲を見ながら、冷静に指摘する。

「その規則書は、人に対してだけ効果を生じるのか?」

 続けて、小石が発言すると、

「ええ、そうよ。いい質問ね」

と少女が褒める。

「じゃあ、俺が東森にバカって言えば、東森がコクピットから出て、そこで三回回ってワン、とかできるのか?」

「うーん、罰則としては、失神か死ぬかしかないからね」

「じゃあ、失神で」

 躊躇なく小石が言うと、そんな貧乏クジを引くのはごめんだ、と東森が怒鳴った。しかし、真南夢が小石の肩を持つ。民主主義によって、東森の意見は排斥された。

「オッケー。じゃあ、規則を追加しよう。あ、その前に君の名前を教えてくれ」

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