ガシャポン彼女
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「ああ、俺の名は――」

「待って!」

 真南夢の鋭い声が発せられる。一瞬、コクピット内が、しんと静まりかえったほどの鋭利さを、その声は持っていた。

「名前を言うのは、あんまり良くないよ」

 真名を知られたことによって、現実世界で容易く殺された者は数知れない。主の言葉を思いだした。小石は、うんうん、と頷いた後、自身が注文した規則を少々訂正して、少年に告げた。

「ここにいる誰かが誰かにバカと言えば、悪人面は失神する、で」

 

 ここにいる誰かが誰かにバカと言えば、悪人面は失神する。

 

「バカ」

 明朝体の文字が、表示され終えるや否や、即座に小石は言った。

 東森は何か言おうと口を開きかけたが、なんの前触れもなく、その場に倒れ込んだ。真南夢が不自然な倒れ方をした東森の顔を、おそるおそる覗き込んだ。東森は、間の抜けた表情を貼りつけたまま気絶している。

「どう? これで信じてもらえる?」

 少女が、真南夢に一歩だけ歩み寄る。ここまでの証拠を見せられれば、信じざるをえない。

「ねえ、信じる?」

 小石は考えた。果たして、彼らが害悪を及ばさないと言っているのは真実?

 またしても、小石の脳内で不可解が拡大する。

「もう一つ規則を追加させてくれ」

 小石が振り返って注文すると、

「ええ、なんでもどうぞ」

 少女が余裕の笑顔を浮かべる。それを見て、小石はなんとなく嫌な予感を覚えた。何か裏があるのではないだろうか。

 しかしながら、小石の考えた規則を追加することによってその不安は完全に払拭されるはずだ。少なくとも、彼は確信を抱いていた。

「ここで嘘を吐くな」

 侵入者たる三十五歳の二人が、顔を見合わせる。僅かだが、彼らの顔に不安の色がよぎったように、小石の瞳には映った。

「いいわ」

 しかし、あっさりと少女は受け入れた。ふくよかな体型をした鳥モドキ、ルールの瞳の底には、『3』が、確かに刻み込まれている。それを確認した後、小石は、彼らに質問した。

「現実世界で、お前達は俺達を殺さないか?」

 実に合理的な質問であった。先程まで設定されていた規則だけならば、ひょっとすると小石達が現実世界で殺害される可能性が残存していた。だがしかしこの問いかけによって、現実世界で殺人を犯す、という凶器を少年少女の皮をかぶった二人の手から強奪することができるのだ。

 問いかける。

 現実世界で凶器を持ちだせる、という目論見を打ち砕ける。

「ああ、殺しはしない」

「殺さないわ。これで、信じてもらえるかしら?」

 小石は、彼らに対する種々雑多の疑念を浮かべようとしたが、もはや残りカスすらない。

「よし、大丈夫だろう」

 小石のこの一言に、真南夢が、ほっと胸をなで下ろした。

「結構、小石君って頼れるね」

 真名をもう言ってもいい、と彼女は判断したのだろうが、小石は内心で舌打ちした。この規則とやらは、いつでも解除できるかもしれないのだ。

「安心していいわよ。規則は二十時間有効だから」

 小石は振り返ったままの姿勢がそろそろしんどくなってきたので、疑ってすまない、とだけ言って、向き直った。

「解ってくれたらいいさ」

 少年のこの一言を皮切りに、険悪な雰囲気はなくなり、会話が始まった。少年姿の男の名は、川下政義。平均的な会社員らしい。妻子を抱え、特にこれといった悩みの種もないのが悩みの種だとか。

「ところで、さっきはどうやってここに入れた? 後、飛行機を外から殴っていたのはどうして?」

 小石が質問すると、川下がわざとらしくかしこまって、こう答えた。

「私の使者は、エミュレートです。そのからくりは――」

 川下が、ポケットから携帯ゲーム機を取りだす。

「――この使者にあります。物体の性質を改竄することができるのです。ですから私と彼女は、君達を見つけた時、翼の材質を一部柔らかくし、落として、そこに私達が潜り込んだのです。アルミと炭素の混合物として。それで飛行機が予想通り飛び始めたものですから、飛行機の一部を水状態にしたのです。腕を入れ始めたらそこだけ水状態に、足を入れ始めたらその部分だけ水状態に、という具合にです」

「あのがんがん鳴っていた音は、じゃあなんだ?」

 小石が尋ねた。

「あれは、俺達が金属状態のまま歩いていたからさ」

 ですます調に疲れたのか、川下の口調が元に戻った。

「俺がどうやってコクピットに入ったかというと、もう解るね?」

 大方、コクピットと機内を仕切る壁を柔らかい何かに変化させたのだろう。小石の疑問が解消できたので、次は女性の自己紹介が始まった。

 少女の衣をかぶっている女の名は、山中鏡。規則書の説明をしてくれた時に言ったけど、改めて言います、と彼女は自分の職業を述べた。

 今度は、十五歳側の自己紹介が始まる。小石、真南夢は自身のことの大筋について語り、ついでに東森のことを言おうとして、二人とも言葉に詰まった。互いに、互いのことをあまり知らない。

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