ガシャポン彼女
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 真南夢とは、学校で会っている――たとえそれが主の側であったとしても――のだが、東森とは現実では、なんの接点もないのだ。

「君達は、陽正高校の一年生なのか。あそこって、結構賢いだろ?」

「ま、まあ……ぼちぼち、かな」

「謙遜しちゃって」

 山中が小石の脇腹を小突く。子供と大人の役割が正反対に演じられているのは、どこか奇妙な風景である。

「そろそろ、復帰時間じゃないかな?」

 川下が腕時計を見るが、あいにく今日は時間停滞日である。

「一応起こしておくか。時間的に、確かにそろそろって感じだしな」

 川下が東森の頬を何度か叩くと、ううう、と汚らしい呻き声とともに、悪人面の十五歳が、くねくねと身動ぐ。

「起きなさい」

 山中が拳骨を東森の眉間に打ち込むと、起きるのを渋っていたのが嘘のように、がばっと起き上がった。

「結構、荒いね……」

 真南夢がぼそり、と言ってから、東森に睡眠中に起きた出来事についてかいつまんで話し、だから自己紹介して、と言い加えた。

「俺は、銘仙高校に通ってんだ。あ、そういや京都にあるなあ」

 えっ、と小石と真南夢の驚きの声が重なり合う。なんという奇遇か。彼ら三人とも、京都の高校生だったのである。

「銘仙の保健室のベッドは格別だぜ。とんでもなく柔らかいからよ。俺が前に仮病を使って行った時なんざ、隣に校長が入ってきてさ、『今日もよろしく!』だからな。笑えるぜ、っていうことじゃなくて、お前らも銘仙来るんなら、保健室がお奨めスポットだぞ」

「いや、それは遠慮しとこう。おや? もう復帰時間か。じゃあ、また明日」

 川下が、手を顔の位置にまで上げた。

 

〈現実〉

 

 視力と聴力が、無の底に沈んでいるようだった。唯一感じられるものがあるとすれば、それは腕にある確かな質量のみである。

 がくん、と急激に腕が下方へと追いやられる。続いて、何かの落ちる音がした。

 何が起こっているのか。確認しようとすると、足がもつれ、よろめいてしまった。しかし、しだいに感覚が復旧し始める。ありとあらゆるものを知覚できるようになった。が、ほっと安堵の吐息を漏らしているのも束の間、頬に痛みが走った。

 乾いた音。

 叩いた者は誰だ。

「なに落としてるのよ!」

 またしても、乾いた音。頬に加えられた少しの制裁。頬に、緩い痛みがじんわりと広がる。

「もう!」

 腕組みする誰かによって睨みを投射されている。ああ、あれは聡美だ。

「聡美? えーっと、どうして俺はここに?」

「それはこっちの台詞よ! 気づいたら、もう私ん家の近くじゃない」

 家。

 小石の中で、一定の形を保たずどろどろとしていたものが、固形化し始める。そうだ、そうだったのだ。彼女が自身の腕の中で眠りに落ちたものの、起こすのも不憫だったので、抱えて運んでいる最中だったのだ。そしてその時、狭間へ来訪してしまった。

 狭間では、二時間を経験していた。ならば、こちらでも同量同質の時間が流れていることになるはずだが。どうやら狭間での旅行中、こちらでは時間が経過していないらしい。

「まあ、いいわよ。てへへへっ、私をここまで運んでくれたんだものねー。あ、いいよ、後は私が歩くから」

 ご機嫌さんの聡美を見て、いつもなら、こちらも楽しい気分になるはずだったが、今日は違った。

 妙に冷めた感情。

 揺り動かされない内面。

 思考だけが冷たく回転。

 まだ、気持ちが安定していないのだろう。小石はそう推測した後、彼女を家まで送ったのだった。

 

 

「お呼びがかかるのは、だいたいどれくらいの周期でなんだ?」

「知らない」

 真南夢が素っ気なく答えると、二人は黙ったままの状態に戻った。銘仙高校の校門前で、彼らは東森を待っているのだ。

 あいにく外見だけでは、互いに互いを認識できないかもしれない。がしかし、彼らは真名を知っているし、未来の姿と十五歳のそれとが程遠い、ということは考えにくい。少しくらいは似ているはずだ。真南夢にしてもそうだったのだから、と小石は自分の中で会話をし続けた。

 小石と真南夢の会話は、ここに来て弾むことは決してなかった。いや、最初は弾んでいたのだが、真南夢が不愉快そうに、ふん、と言ってから、彼女は黙りを決め込んでいるのだ。何かを聞いても短く返されるだけで、会話に終止符が打たれる。

 真南夢の機嫌を損ねた原因は、小石そのものに他ならなかった。彼が、主と使者について言及したのだ。

 どうして自分の分身ばかりに頼るのだ。なぜ自分で戦おうとしないのだ。分身は懸命に戦っているというのに、当のお前は一体全体どうしてそこまで逃避行動を貫徹するのだ、と。

 これに対して、真南夢はこう答えた。

 分身に頼っているのではない。分身を使っているのだ。これが私の使者の力なのだ。分身は懸命に戦っているというが、それは『懸命』ではない。それしか選択の余地がないから――主たる自分に抗うことができないからだ。それに、私は逃避行動を実行しているのではない。これは戦略的行動なのだ、と。

 言い淀みなく、一直線に言いながらも、彼女の手は小さく震えていた。言い終えると、口をぎゅっと閉じる。彼女の目が、僅かばかり湿っていた。

「私は――私は弱いの! 他の来訪者みたいに強い使者を従えさせることができない。弱いから分身を使う。それのどこがいけないの?

 弱いからこそ、私達鏡の主は一所に集まり、その身を寄せ合っている……。君に……君にそんなこと言われたくない!

 自在に使者を服従させることのできる人に、私の気持ちが解るわけない!」

 まるで、鏡の主達の心を代弁しているかのようであった。これほど熱く、悲しい感情の込められた言葉を、今まで自分は聞いたことがあっただろうか。

「いやいや、俺だって今は手袋の使者しかいない」

「ほら、使えるじゃない? 鏡の主達は全てが無理だったのよ……。だから、鏡に頼るしかない」

 果たしてそうだろうか。小石は口にこそ出さなかったが、それは違う、という明白な解答を胸に抱いていた。

 分身の瞳の方が、明らかに生き生きとしている。恐怖に打ち震える時もあったが、自分と行動をともにしている真南夢は、小石達が飛行機と共鳴し合えないと知った時はともに落胆したし、逆に手袋の使者によって飛行機が始動すると、ともに喜んでいた。

「コピーの方が、よほど君より君らしいよ」

 この言葉が引き金だった。

「何が解るのよ!」

 平手打ちを小石はくらい、そして今、彼らはただひたすら会話のない時に身を委ねていた。

 少し言い過ぎたかもしれない、と小石は反省していたが、それでもこれくらいは言わねばならない、とも考えていた。

 やがて、生徒達が外へと出てくる。

「帰宅部に所属する紳士淑女の皆様、か」

 皮肉めいた言を吐いてから、小石は聞き取り調査に取りかかった。東森っていう一年生を知りませんか、と。全員に聞くのも不審がられるし、気が進まなかったので、小石は時たま、これだ、と直感的に思った生徒にその言葉を向けていた。

 しかし、収穫はない。もしかしたら、彼はここの生徒ではないのかもしれない。疑念が彼の頭をかすめたものの、その可能性は絶対的な零を示している。コクピット内で、嘘と接吻しようものなら、明確な死とも抱き合わねばならないのだから。

 

 

 夕刻になり、グラウンドではサッカー部が練習を始めていた。小石は、サッカー部員に目を凝らしたが、その中に東森らしき人物はいない。

「いつまで待っているつもり?」

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