ガシャポン彼女
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 不機嫌そうに、真南夢が言う。今の今まで沈黙を保っていたが、痺れを切らしているのだ。収穫の見込みがなさそうなことを、彼女はとことん嫌う。ほぼ確実に利益を得られるものにしか目を向けない性質なのだ。

「待てよ。もう少しかもしれない。なんなら、校舎に入るか?」

 二人は、睨み合った。しかめっ面をして。しかし真南夢が小さく吹きだすと、小石も連鎖反応した。哄笑の渦が広がる。

 笑い終えると、真南夢が両目を少し大きく見開く。

「もしかしてさ――」

「あ」

 小石も、彼女の言葉に過去を刺激されて、ある事実を思いだした。

「あいつ……保健室のベッドで寝ているな……」

 舌打ちしてから小石は、行くぞ、と真南夢に声をかけた。

 だが、それはまずい、と彼女に諭される。ここで問題を起こして時間をくうよりも、ここで待っている方が無難だ、と主張するのである。しぶしぶ小石もそれに従った。

 陽は視野から落ち、代わりに月がその顔を覗かせる。教室は完全に消灯されており、グラウンドにあるライトだけが、頼れる光源であった。

「しかし、遅い……遅すぎるぞ」

 待ちくたびれて、小石が不満を漏らした。ひょっとしたらなんらかの手違いで、保健室の先生が彼を置き去りにしているのではなかろうか、と真南夢が言った。

 まさか。そんなはずが。しかし、そうであるとするならば、もはやここで待ち続けるのは得策ではない。元来、小石は待つのが大の苦手なのである。それが、特に会話も弾まぬ女子と一緒であるのならばなおさらのこと。

「行くぞ」

 ちょっと、という真南夢の制止を振り切り、小石は銘仙高校への侵入を開始したのだった。

 

 

 グラウンドから届く弱々しい光が窓から入るので、完全な闇に浸されていることはなかった。だが、夜中の学内ほど、薄気味悪いものはないだろう。

 それに、先程までありがたく感じられたグラウンドからの微かな光が、かえってここに存在する不気味さを助長しているような気がしてならない。

 というのも、墨のような暗さではなく、ぼんやりとした、色でたとえるなら、若干青色を足されたような闇だからである。

 小石は背筋がぞくり、とするのを感じた。

 真南夢は、小さくなって小石の背に隠れつつ歩いている。早く行きなさいよ、と彼に命じる。

「ああ、解ったよ」

 小石も嫌だったが、よもや女子に先陣を切らせる、ということはできない。携帯をライト代わりに、小石は学内の探索を続行した。

 海辺の砂を廊下にでもぶちまけた音がした。急に激しい雨が降り始めたのだ。それにともない、雷鳴がとどろく。

 びくり、と真南夢が背後ですくみ上がるのを、小石は気配で察した。

「ほら、ちゃんとプレートを見てよ。見落としたら最低だからさ」

 真南夢が、雷に怯えていることを隠そうとでもしているのか、やけに大きい声を出す。

「言われなくても解ってるって」

 上にかかるプレートを順に小石が確かめていると、ようやく保健室を目にした。そこに入ろうとしたまさにその時、保健室内で、くぐもった音がした。

 小石と真南夢は顔を見合わせた。今のは人の声ではない。

「きっと、東森君が起きたんじゃないの?」

「だといいけど」

 なんとなく胸騒ぎがした。小石はゆっくりと扉を開けた。

 稲光が、保健室内を青白く照らしだす。

 そこにはベッドの誰かに出刃包丁を突き立てようとしている女性の姿が、確かにあった。

 ベッドに誰がいるのか。東森か。それとも全く別の誰かか。

 しかしいずれにせよ、小石と真南夢は声の限り叫んだ。小石の方は意味をなす言葉での叫びだったが、真南夢のそれはただの奇声以外の何物でもなかった。

 女性は出刃包丁を突き立てる動作を一旦停止させ、こちらを見た。顔はほとんど解らない。稲光による光源は、今消失しているせいだ。かろうじて、女性である、ということだけしか視認できない。

「何をしている?」

 小石が謎の女性に問うも、それは一切の躊躇を介さずして無視された。

 女性は出刃包丁を構え直し、ベッドで横たわっている何者かへと突き立てようとする。真南夢が横にあった花瓶を引っつかみ、女性目がけて投げつけた。

 水を空中に撒き散らしながら花瓶は、見事、女性にぶつかったかに見えた。そう、あくまで見えただけに終わったのだ。

 花瓶が出刃包丁の女性に衝突する寸前、彼女は出刃包丁の柄の部分を上げ、受け止めたのである。

 しかし、今の攻撃はかなり癪だったのだろう。凶器の切っ先をこちらに向け、歩み寄ってきた。

「よし、これでいい!」

 このままあの女性を引き付けておけば、少なくともその間、ベッドの誰かさんの身の安全は保証される。

 小石は回れ右して保健室のドアをくぐったのだが、真南夢の気配がない。不思議に思って振り返ると、彼女はその場にへたれ込んでいた。

 女性が、出刃包丁を突き立てようとしている。

 まずい。

 とっさに小石は保健室に戻り、真南夢をかばった。

 背に違和感が広がる。あまり痛くなかったが、やがて猛烈な痛みが彼を襲った。

「逃げろ!」

 真南夢を突き飛ばした。

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