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「けどよ使者もいねえし、武器もねえし。いくら相手が女でも、金属バット相手じゃ分が悪いぜ」 何かないのか。小石は必死に思考の箪笥を片っ端から開け始めた。だが、戦略と呼べる代物は見当たらない。 「くっ……」 そうこうしている間にも、女性がじりじりと歩み寄る。そして、ポケットに手をまた入れた。 出てきたもの、それは鈍い光沢を帯びる銃器であった。 小石は、息を飲んだ。 最初から銃器を手に近寄れば、獲物は間違いなく逃げる。逃げている獲物の命を銃で仕留めるのは、至難の業だろう。その道のプロであったとしても、失敗するかもしれない。だからこそ、この女は金属バット片手に近寄ってきたのだろう。 素手だと何か武器を隠し持っていると思われ、逃げられるかもしれない。しかし、銃だと確実に逃げられる。 そこで、彼女は中間を選択したのだ。そうにちがいない。意外に、こいつは頭が切れる。厄介者だ。 小石と東森は逃げようとしたが、もはや手遅れ。女の銃口が、二人を捉えた。 「撃ち方始め!」 威勢のいい声がした。真南夢だ。 どこにいるのだろう、と見ていると、校舎の窓から光が漏れた。そこに人がいる。 窓が砕け散る音がし、間髪入れずして銃声の波がグラウンドを飲み込んだ。 女は窓辺へ銃弾による攻撃を加えつつ、グラウンドの横にある自転車小屋へと避難している。 「って、おい! やべえ、こっちにも銃が撃ち込まれるじゃねえか! 何考えてんだよ!」 東森と小石も、我先にと自転車小屋方面へと撤退する。 「真南夢、いい仕事したと思ったけど、流れ弾が俺達に当たったら洒落にならないな」 息と心臓を大きく弾ませながら、小石は女性が転がり込んだ先の自転車小屋をちらと見た。彼女は、うずくまっている。 しかし、すぐに立ち上がる。銃弾は浴びていないらしい。 「おい、逃げるぞ! 真南夢のいた所へ行くんだ!」 「真南夢め! えらいことしてくれるぜ、全くよお」 この野郎、いや女か、などこの緊迫した場にそぐわぬ少々ちゃらけた不平不満を漏らしている東森を背に小石は、まだ消灯されていない教室へと向かった。 背後で、重低音をふんだんに含んだ轟音が発せられる。 身体に弾痕の一つや二つ作りかねなかったが、幸い銃声一発が鳴る頃に、小石と東森は教室の窓を破って、室内に転がり込むことに成功していた。 「おい、お前、荒っぽい救出は――」 少しだけ説教しようとしたが、教室にあるのは人体模型であった。 「こっちこっち!」 廊下側から声がする。 後方で、またも銃声が唸りを上げた。東森が首を縮め、行こうぜ、と言った。 二人は廊下で、真南夢と合流した。 「上へ行くの」 何か作戦でもあるのだろう。真南夢の注文に素直に応じ、東森を先頭に二人は屋上へと向かった。 その間、一体どうやって銃を入手したのか、小石が問うと、電子ピアノに銃声が収録されているでしょ、と短い解答を突きつけられた。 全力で階段を昇りきり、屋上へと転がり込んだ。そこには、赤錆に浸食されている数本のドラム缶が立ち並んでいる。 そして、誰かがいた。あの女の一味に先回りされたのか、と思い身構えたが、それはよくよく見ると人体模型であった。どうして、ここにあるのだろう。 「ええいっ! ぼうっとしてねえで、扉閉めろって」 呼吸が整わぬ内に東森が鉄製の扉を閉め、そして真南夢を見た。 「作戦を教えてくれ」 小石が額から垂れる汗を右腕で拭い、真南夢の口から発せられる言に耳を向ける。しかしそれは絶望的に冷たく、味も匂いもない作戦であった。 「私は上にいるから」 意味が解せず、小石の動作が一時完全停止する。 真南夢は平然とした面持ちで、屋上における最も高い位置――屋上と階段の境界線ともいえる扉を胸に抱く正方形の頂上へと、近くにあるドラム缶を利用して昇ったのだ。 「なんだよ! どういうことでえ?」 東森が怒鳴ると、 「私に案なんてない。けどあいつをここで殺さないと、私達はびくびくしながら、この世界で生きていかなくちゃいけない。そんなの嫌。だから、あなた達で倒してよ。私は弱いんだから」 なにぬかしやがる、と東森が激怒し、猛抗議するが、真南夢はどこ吹く風といった様子である。 「弱いって意味が解らない。ここでは、俺も君も使者を使えないんだから、同じだろ?」 正論をぶつけると、真南夢の顔は冷たくなった。 「それでも、女の私より力は強いでしょ? 私は弱いんだから、さっさとやっつけちゃってよ」 随分と無責任な女である。小石も悪口の一つや二つ、彼女に吐きかけてやりたい衝動に駆られたが、今はそれどころではない。 ひとまず、放置されているドラム缶を扉の前に持って行き、侵入を拒めるようにした。幸い、ドラム缶の中には雨水がたまっており、相当重い。そうそう、扉を開けることはできないはずだ。 二缶目を運び終えた時、扉が心臓のように脈打つ。続いて、乱暴に、かつ不規則に揺らされたかと思うと、銃声が轟いた。 強硬手段に移ったのだ。 小石と東森は慌てて扉から離れ、銃弾が当たらないようにした。
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