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銃弾は扉を貫通し、ドラム缶に穴を作った。そこから雨水が漏れだす。ドラム缶の重量が、しだいに軽減されてゆく。 女性の力であっても、扉を押せば開放されるようになるまで時間の問題である。一体どうすれば、ここを乗り切れるのか。 「ちくしょお。無理じゃねえか。どうやって素手で銃に勝てるってんだよ」 東森が、夜空に向かって吠えた。それを嘲笑うかのように、冷たい雨滴が彼の顔を執拗に突く。 小石も、東森と同感であった。なんの武器もなしに、銃器に対抗できるとは断じて感じない。 何かしらが必要だ。確かな質量を持つもの、それとも―― ドラム缶が倒れ、扉が開かれる。 「銃を持っているぞ! 動くな!」 小石はハッタリをかましてみた。そう、先程の銃声をまだ本物の拳銃によるもの、と誤解している可能性がある。 「子供騙し……二度は通用しない」 夜中の屋上において、小石と東森にとって残酷な事実が、やけに響いた。まるで、迫りくる死が不可避なものであることを強調するかのように。 扉は完全開放され、女性が現れた。 「さようなら、十五歳達」 死のこめられた銃器が、彼らを捕捉した。 銃弾をこの胸にもらい、一巻の終わり。 東森が、小石の側に。 しかし、東森も小石同様狩られるので、立場は同じ。 女性は引き金を引こうとし、何を思ったのか、その作業を中断させた。 雨が止んでもいないのに、自分にだけ雨が降りかからなくなったからだ。屋根があれば話は別だが。 おそるおそる女は、見上げた。そこにあるのは、人としての積載量を遙かに超えている物質、ドラム缶であった。 真南夢によって転がされたそれは、側面の半分以上の面積を、謎の女性にさらけ出していた。 「さようなら、三十五歳」 真南夢は手を離し、雨水をその身に限界まで蓄えているドラム缶を落下させた。支えを喪失したそれは、なんの躊躇いもなく、女性の頭を殴りつけた。 湿り気を含む鈍い音色が夜闇に溶け込み、それから錆びた鉄を擦り合わせたような音が盛大に鳴った。 蓋が外れ、水がとくとくとドラム缶から逃げだす。 小石も東森も茫然自失の体であった。 雷鳴と青白い光が、屋上を覗き込む。 真南夢は、何事もなかったかのように、正方形から颯爽と降り立ち、相当軽くなったドラム缶を脇へと蹴り飛ばす。 無言のまま真南夢は、まだ熱の残る銃を奪い取った。 「待って……私は山中……山中よ……」 これには、今まで冷静沈着に作業をこなしていた真南夢も、眉をぴくりとさせた。小石や東森に至っては理解が全く及ばず、立ちつくすしかなかった。 「私は、私は……私じゃない……。あの飛行機にいたのは――私の分身――」 だがそうだとしても、どうやってその分身は主へと連絡を行ったのか。 「ポケットの中で、メール打ってたの?」 弱々しく山中が頷く。 「さようなら」 「待て」 硬直状態から抜けだし、小石は叫んだが、もはや遅かった。真南夢に迷いなど、少しもなかった。 使者を服従させることができず、鏡しか使えない。私は弱い。 女だから肉体的に男性より非力である。私は弱い。 そんな弱音ばかり吐いていた彼女が、引き金をあっさり引いたのだった。湿度の高い夜中に、乾いた音が一つ弾ける。 山中の身体から温もりと脈動が失せ始め、ついに命はその身から剥離してしまった。 次に三十五歳の肉体は、異様な光景を呈した。 この雨空の下でありながら、枯れ葉が炎の中で踊る時に産みだす音ととともに、燃え始めたのだ。急激な発火だった。急速に燃え盛り、瞬時にして彼女は灰となり、雨水の中に消えていった。 「現実世界で殺された人は、なぜかしら皆変死するのよね」 「なにしてんだ?なぜ殺した?」 東森が眼前に横たわる死を見やり、それからその原因となった真南夢に視線を移す。 「殺さないと殺されるでしょ」 さも当然のごとく、その言は彼女の口を突いて外に出された。 生物的に、彼女は強いのだろう。自然界においては徹底的に無慈悲であり、献身的精神を捨て去ることが、生き抜くのに有利なのだから。 それでも、人としてどうなのか。小石は彼女に怒りをぶつけた。 「おかしい。それに、山中はお前と同じ立場の人間だったろう? 君は、それに何も感じないのか?」 「同じ立場だからこそ殺すの。弱者はありとあらゆる手段を使うでしょうね。自分が安全な限りは」 安全な限り。いかに自分の手を返り血で染めても、周囲を見捨てても、分身をこき使っても、彼女は生き延びるつもりなのだ。 グラウンドで追い詰められた時も、真南夢は教室からデジタルな銃声を聞かせていた。屋上では自分だけ山中による銃弾が確実に当たらぬよう、鉄扉を片面に有する正方形の上で待機していた。 自分の情報を所有する三十五歳を躊躇なく殺した。 ありえなかった。小石は自分はそこまで強くなれないと理解していたし、なろうとも思わなかった。
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