ガシャポン彼女
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もし生物的に強くなれば、人としての何かを置き去りにしたことを同時に意味するように思えてならなかったからだ。

「私達の情報を握っている三十五歳を、どうして生かしておくの? 理由なんてあるの? 私はどんな手段を使ってでも生き抜くつもり。それに、こいつは今まで同じような手口で、多くの十五歳を殺していると思うよ。

 手口が随分と巧妙でしょ? 嘘を吐けない、というトリックを利用して、揺るぎない安心感を抱かせ、それから背後からぶすり、と一突き。それが無理だった時のために、銃まで用意しているんだものね」

「でも俺達が狭間から抜けだす方法を見つけたら、そんなの関係なかっただろうが!」

 東森が、彼女に詰め寄る。

 真南夢は、これ以上近づかないで、と彼に侮蔑の眼差しを向けた。

「そんなのできると思う? 私の分身さんも、昨日はポケベルで連絡をくれていたけど、そんなことありえない。脱出できるわけない。あの空間に、綻びなんてない」

 綻びを見つければ、喜びや余裕ができるだろう、心に。

 だが、あいにくあの世界の構造すら、小石は把握していなかった。

「だけどよお、そんなの解らんじゃねえか。はなから諦めてたら、見つかるもんも見つからんだろ?」

「いいえ、今まで誰も抜けだせなかった。たとえ抜けだす方法があったとしても、それを成し遂げるのは至難の業でしょうね」

「だが、それをやるんだ」

「でも、そんなことを言ったからといって、あの三十五歳達が信じてくれると思う? 信じてくれなきゃ、仕方ないじゃない?」

 これには、小石も黙せざるをえなかった。おそらく山中も川下も、抜けだす方法がある、と言っても信じてくれはしないだろう。たとえ協力しよう、と言っていたとしても、表面的なものに留まり、内面では舌を出して嘲っているにちがいない。

「だがそれでもだ、と思う。信じてくれる人は、ほとんどいないだろうさ。けどだからといって脱出口を探すのを諦めて、殺し合いをすべきなのか? 俺はそうは思わない。脱出口を見つけることも、脱出口を見つけようと呼びかけて三十五歳と協力し合うのも、全てはお伽噺なみに実現不可能なことだろう。けど、待ってくれよ。『絶対に不可能』なんてことはないだろ? 絶対なんていう言葉こそ『絶対』にないだろ?」

 真南夢の顔に、別の色が過ぎった。が、瞬き一つするかしないかの内に、それは彼女の表情から消えていた。

「話はお終い! もしその脱出口を見つけようとしているんなら、自分達だけでしてね。ま、私の分身を使ってもいいけど、危険には晒さないでよ。また分身作るの面倒だから」

 これで今日はお開きね、と彼女は一方的に解散を告げ、弾痕の残る扉を開け、小石と東森の視界から消え去った。

「なあ、鏡の主って皆、あんな悪い奴らばっかなのか?」

「解らない」

 夜明けにはまだ程遠かった。短針は、ちょうど十を指したばかりである。なのに、鐘が鳴り響く。輪郭まで明確に聞こえるくらいに、脳内の鼓膜を打ち振るわす鐘が。

 

〈狭間〉

 

 違和感が二つあった。

 一つ目、背にある痛みがすっかりなくなっていたということ。手を背にやると、傷自体がなくなっていることが解った。現実世界で受けた傷は、ここに来れば癒えるようだ。

 二つ目、そこに山中はいないということ。いるのは、小石、東森、真南夢、そして川下の四人だけだった。この異常事態に、すぐさま川下は気づいた。

「あれ? 山中は?」

 誰も答えない。小石は言おうとしたものの、自身の喉が見えない腕で、ぐっと締め上げられる感覚を覚えた。東森は下唇を噛み、真南夢は怪訝そうな顔をしたまま、ポケットに手を入れている。

「あ、ごめん。ちょっと電話が」

 真南夢が携帯電話を取りだし、主と会話している。

「ごめん、ちょっと川下さんに聞きたいことがあるって……」

 今はそれどころじゃない、と川下が語気を荒げる。が、真南夢は、彼女が答えを知ってるって言ってるよ、と小さく言うと、川下は奪うようにして、携帯電話を取った。

「何? そりゃあ、山中は生きているに決まってるだろ!」

 急に川下が胸を掻きむしり始め、次にあっけなく絶命した。

 川下の手から転がり落ちた携帯電話から、『あの真南夢』の声がした。

『彼はこの空間で、本当に今までよく生きた』

 即死した川下。

 特に嫌いでもなかった。

 得意になって、使者や能力をひけらかすような人間でもなかった。

 なのに、どうしてその命を奪うのか。

『山中はまだ生きている、って聞いたら、簡単に嘘を言ってくれたから、案外楽だったわね。切れ者だったら、少し困ったけど』

 悪びれた様子を、その声からは少しもすくい上げることはできなかった。真南夢の分身が携帯電話を拾い、ぺこり、と頭を下げた。

「ごめん、こんなこと知らなかった……。私は現実世界で一体何が起きているのか知らなかったし、この人がこんなことするなんて知らなかった……」

『黙りなさい』

 棘のある言葉に分身は萎縮して、小声で「はい」と答えた。

『そうそう、それでいいの。あなたは、私の分身。私に従ってればいいのよ。はい、それじゃあ、特別に――特――』

 電波が悪いのだろうか。声が詰まって、聞こえない。

「なんだ? 何が言いてえ?」

 もはや主の更正を諦めた東森が、用件だけをさっさと聞きだそうとする。

『特別に、この世界について教えてあげるわ。脱出口の手がかりになるかも。実はね――はね――は――』

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