ガシャポン彼女
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「何も感じないよ」

 だが、精神の鮮明な脈動を覚えた。身体全身が一つの心臓になったような、そんな感触だ。

「もしかして、共鳴?」

 真南夢は、骸となった川下のポケットから携帯ゲーム機を取りだした。

「はい」

 小石が触れると、かつての主を失った使者が現れた。狡猾そうな目玉を絶えずきょろきょろさせている使者だ。

「凄い……普通、これだけすぐに共鳴しないよ。使者って二体まで持てるけど、実際に持ってる人って見たことないし」

 真南夢が、目をぱちくりさせる。

「ああ、こいつか。よし、レオンでいいや。なんかカメレオンに似てるから」

 またも安直な名前を与えてから、あることに気づいた。

「こいつで、どうにかならないかな」

「うーん、なんだっけ、そいつの能力……」

「物質の性質を改竄するとかかんとか言ってなかったっけえ?」

 それだ、と小石が東森を指差す。

「じゃあ、間違いなく京都に降りられるぞ」

 小石の案は、こうだ。座席を粘土細工に切り替え、こね回し、形はなんでもいいのでとにかく、三人が中に入れる部屋を作る。それに巨大なパラシュートを付ける。

 それからその中に三人入り、球体を軽くて硬質なものに変えるのだ。空色に塗り替えれば、三十五歳から発見される可能性はかなり少なくなるはずだ。それに、たとえ地上から狙われても、よほどの攻撃を受けない限り潰されることはないだろう。

「しかも、中にどんな人間が入っているか解らない。降り立つまで、三十五歳は攻撃できないはずだ。下手に攻撃して仲間を失うのは手痛いからな」

「でもよお、地上から降りたところを、狙われるかも」

 東森が小石の案を批判したが、その時は地面を柔らかな物質へと改竄し、地下へ逃げ込めばいい、と反論した。

「なるほどねえ。そいじゃあ、いっちょそれで行きますか」

 

 

 材質はなんなのか。くすんだ黒色で構築された室内で、小石は大きく欠伸をした。今、ちょうど京都府の空から降下している最中だった。

 くすんだ黒色をガラスに変え、外を見る。空が実にゆったりとした動作で昇ってゆくのが見えた。パラシュート四人分を接合したが、もしかしたら三人分で良かったのかもしれない。

「あのね、このこと言おうと思ってさ」

 真南夢が、何度か、えーっとね、えっとね、を繰り返してから、意を決したように一息を飲み込んだ。

「実を言うとね、真南夢、私の主も、かつては脱出口を見つけようとしていたの。それも、あなた達のような二人の男の子と……」

 想像すらしたことのない情報が、小石と東森の耳を穿つ。初耳だった。そして、あまりに意外な真実だった。とはいえ先程主が話したことと、今の真実を照合すると、きれいにはめこまれる部分がある。

「私は彼女のコピーだから、コピーされる以前まで彼女が経験した記憶は全て持っているの。だから話せるんだけどね。私の主は、昔二人の男の子と一緒に脱出口を探していた。

 もちろん脱出口があるって信じているから、三十五歳を説得し、殺し合いをなるべく避けていたの。でも、それはあまりにも浅はかな行動だった。主の言に心を動かされたから協力したい、と言ってくれた三十五歳がいたのね。でも、そいつは裏切った。主を殺そうとした。脱出口なんてありもしないものにかまけて人生を無駄にするなら、俺が殺してやる、って」

 東森が、ひゅう、と口笛を吹いた。

「その男はあまりに強すぎて、太刀打ちできなかった。男の子二人は主を放って逃げだした。他の協力者達も。でも、結局逃げることができたのは主だけだったけど」

 目をそらしたい真実だった。彼女は決して自分の意思で、卑怯者の仲間に入ったわけではなかったのだ。なのに自分ときたら、そんな彼女を批判してしまった。

「彼女は、人を信じられないの。無二の友人と思っていた二人が裏切ったから。今は知らないけど、主は昔、物質を変化させる力――小石君のような力を持っていたの。携帯ゲーム機の使者ね。それを使えば、彼女はとっくに狭間から帰還できたかもしれない。でも、結局、私――じゃなくて主は逃げた。怖かった。何よりもう二度と裏切られたくなかった。それでね、さっき主が言ってた写真立てだけど、多分、それは男の子二人と主が映った写真だと思う……。写真を撮った記憶はあるけど、コピー後の出来事だから推測だけどね」

 ひたすら重苦しい空気が、小石と東森にのしかかる。そのようなことがあったとは。だから、あれほどまでに脱出口のことを小馬鹿にしていたのか。しかし、だとしたらなぜ今になって小石達に協力するのだろう。

「現実世界で何かあったんじゃない? 何度も言ってるけど、私はコピー後の記憶は主と共有していないから」

 小石は、身を呈して主をかばったことを思いだした。

「思い当たる節があるのね」

 黙っている小石を見て、真南夢が言う。

「ああ……確かに、な」

「なんだよ、なんだよ、教えてくれよ」

 東森が顔を近づけてくるが、小石はそれを押し退け、主と共有している記憶をもっとくれ、と彼女に頼んだ。

「えっとね、うーん……これ以上は言っても、脱出口への手がかりにはならないよ。それに、もう限界ね。もっと情報を出せって言われても、主からの命令がそれを阻むから」

 そうだった。真南夢は主から『真南夢が生き残るために最善の選択を』するように命令されているのだ。そして分身である彼女は、今提供した情報以上の公開は最善ではない、と考えているらしい。

「そうか……」

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