ガシャポン彼女
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 一人の少年が刀を手にし、少女に斬りつけているのだ。一太刀を浴び重傷を負った少女は奇跡的にも一命を取り留めているものの、次の攻撃を受ければ間違いなく、その命は絶たれるはずだ。樹木にもたれかかり、息も絶え絶えといった様子である。

 命を奪おうとしている少年の背後には、異様に大きな影が張りついていた。

 違う、あれは影ではない。どす黒い亡霊のような存在――使者にちがいない。その少年の使者は、影に近かった。裂けるようにして開かれた口と、目と思しき凹んだ部分を除いては。

「あ、あれは……」

 真南夢が驚きのあまり、右手で口を覆う。東森も驚愕し、立ちつくしていた。

 同士討ちをした者は、未来永劫、断ち切れぬ鎖によって狭間に束縛されるのだ。その上、十五歳からも三十五歳からも、その命は執拗に狙われることになる。どこにも、同士討ちする利点はないのだ。むしろ、不利益ばかりが強調される。

「助けないと!」

「待って!」

 真南夢が小さく、しかし鋭い声を放つ。

「彼が殺そうとしているのは、三十五歳よ。私達には関係ないでしょ」

 確かにそうだった。原始的な殺し合いによる弱肉強食が容認されているこの世界で、敵の命を救うことほど愚かなことはないだろう。

 けれども、と小石は思った。自分は脱出口を見つけようとしているのだ。その上、自分達と同じような被害者の連鎖を断ち切ろうしている。その自分が命を見捨ててもよいのか。

「駄目だ。俺には見捨てることはできない」

「あ、あの女の子は!」

 東森が興奮で小さく震える指を、少女に向ける。

「俺が捕まえようとしていた子だ!」

 まさか。

 小石は慌てて少女を、改めて観察した。雪のように白い肌、ひどく汚れてしまった瞳、妙な親近感。間違いない、あの少女だ。

「助ける!」

「待って。じゃあ、せめてあの少女を救ったら、逃げてね」

 人の命を見境なく強奪するような輩を見逃す気はさらさらない。小石は語気を強めて主張したが、

「あれは最強なの。圧倒的な力を誇っている。あいつは……あいつは、主の友達二人を、他の仲間を全員殺した奴……」

 刀を持つ少年姿の三十五歳は、圧倒的な力を有しているらしい。冷酷な畏怖が、小石の心臓を鷲づかみにした。

「しかし、俺達がやろうしていることはもっと難しいはずだ! これしきの困難で怯えて、すくみ上がっていては駄目だ! これくらい乗り越えない野郎が、脱出口を見つけられるとでも思うか?」

 小石は、図書館の屋上から飛び降りた。一瞬だけ身体が全ての重みを失う。

 次に、体重が元に戻りだす。引力に従い、小石は落下した。

 身体をゴムに。

 小石は、肩の上で寛いでいるレオンに向かって念じてみた。すると、身体が弾力性のあるものに変化するのが解る。

 赤煉瓦が敷き詰められている地面へと、強かに身体を打ちつけたかに見えた小石だったが、違った。

 地面と足はしっかりと地面に接していた。ゴムの身体がゆえに、落下による衝撃で身体が縮小する。この反動を利用しよう。

 空へと伸び上がる力の方向を変える。地面を蹴り上げ、斜め上方へ行くのだ。

 俺の手を鋼鉄に。

 小石はまたも指令を送り、手を鋼鉄へと改竄する。

 対する少年は動物的本能によって、危機をいち早く察知したようだ。死にかけの少女へのとどめを後回しにし、小石の攻撃を迎え入れる体勢をすでに整えていた。

 あれの使者がどのようなものか、小石は知らない。しかし、それは相手とて同じこと。

 景色が歪み、小石の視野が狭まる。それほどまでに大気中を高速移動しているのだ。小石は手を突きだし、少年の腹を抉り取ろうとした。

 対応して、少年が左手を刃に添え、凶器の腹を小石に見せる。

 明らかに小石の方が有利だった。十分すぎるほど反動を利用した殺人的な速度、鋼鉄化した両手、刀などはいとも簡単に砕け散るのが関の山のはずである。

 しかし、ここでは勝手が違った。少年の持つ刀は、刀という域を遙かに超えている。全ての力を蹂躙できる頑強さを秘めているのだ。

 小石の凶器と化した手と刀が、正面衝突する。

 双方が互いを穿ち合う。

 猛烈に喰らい合う。

 盛大な火花を散らした後、少年が刀を僅かに横へとずらした。小石による突進の力を受け流したのだ。

 刀と手が触れ合いながら、そして激しい火花を撒き散らしながら、小石は少年の背後にある樹木に突っ込んだ。流血している少女がよりかかっている樹木へ。

 少女を刺してしまったか。

 最悪の展開が一瞬頭をよぎったが、それはどうやら免れたらしい。しかし、ほっとしている間もない。早く体勢を整えねば。

 しまった!

 手を鋼鉄化しているため、指先から腕まで樹木にすっぽりと入ってしまっている。抜けない。

 そうだ、腕をまたゴムにすれば――

 少年が、振り返った。刀は鮮血で塗り染められたように、毒々しい狂気を帯びている。

 手をゴムにして、しかしそれでも樹木から両手を抜くのに、僅か数秒かかってしまった。小石は、少年からの攻撃を受けようとしたが遅かった。

 少年の刀が大気中を斬りつけただけで、波動が発生したのだ。白波に似た色合いの波動が突き進む。

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