ガシャポン彼女
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 と、妙な冷たさが身体をなでる。なんと形容していいのか。周囲が柔らかな氷のようなのである。決して硬すぎて歩けない、ということはないのだが、不自然な圧迫感が周囲を取り巻いている。これは一体なんなのか。解らない。小石は首を傾げた。

 とりあえず家へ帰ろう。あるいは学校へ行くか。それが先決だ。小石はそう判断し、まず手始めに最寄り駅がどこなのか、誰かに聞こうとした。

 すいません。道に迷いまして、この辺で一番近い駅はどこですか。

 質問文をさっと作り上げ、彼は近くの人に――そこで、彼はある異変に気づいた。時間は真っ昼間、場所は商店街。なのに、彼の視界には誰一人として人間が映っていないのである。

 不運にも今日に限って、この商店街の定休日なのかもしれない。彼はそれなりに納得のいく考えを掘りだしたが、すぐさまその可能性は砕かれた。

 商店街は開店している。先程の八百屋にしても本屋にしても、シャッターは開かれており、商品も並べられていた。もしかしたら、店内に誰かいるのかもしれない。彼は八百屋の中に入り、すいません、と比較的大きな声を出してみた。

 無反応。

 普段そうそう声を張り上げない彼であったが、このような状況とあっては、そうもいかない。かなりの大声を上げてみる。

 やはり返事はない。けれども、八百屋には新鮮な野菜がきれいに並べられている。レジには電源が入っており、中を確認してみると、ちゃんとお金が入っていた。ますますもって彼の頭は掻き乱された。

 何が起こっているのだろう。ここに来た記憶はないし、おまけに周囲には人っ子一人いない、ときている。

 しかし、まだ諦めるのは早い。結構楽天的な性格な彼は、他の店にも入って人の有無を確かめてみた。

 まずは駄菓子屋。中学時代に足繁く駄菓子屋に通っていたので、懐かしい商品が並べられている店内で、少しだけ時が経つのを忘れ、駄菓子に見入っていた。がしかしすぐに本来の目的を思いだし、彼は、すいません、と言ってみた。

 返事なし。次の店に行っても、次の次の店に行っても、彼の声が虚しく響くに終わるだけであった。

 夏で蒸し暑いこの時期、扇風機や冷房だけが稼働し続けている。試食が置かれているところまであった。まるで、ついさっきまで人々がいたかのようである。

 さすがの小石も不気味に思えてきたが、もしかしたらなんらかの原因があり、ここだけ人がいないのかもしれない、と無理な理論を組み立てて、彼は歩き始めた。

 商店街を抜け、しばらく道路沿いを歩いていると、ここがどうやら結構な田舎であることが解った。田んぼがやたらと目につく。これでは、人がいないわけだ、と妙に得心がいった。

 

 

 やがて、前方にガソリンスタンドが見え始めた。行ってみると、ガソリンを注入中の自動車があるではないか。突き上げる喜びを顔に出すのをなんとか抑えつつ、彼は足早にそこへ向かった。

 着くと喜びは急速に萎んでいった。誰もいない。自動車には誰も乗っていなかった。ガソリンスタンドの店員も見当たらない。

 しかし、どうにも解せない雰囲気がある。今の今まで人がいて、ガソリンを入れようとしていた、という設定がどうしてもちらつくのだ。

 ふと彼はあることを思いついた。電話すればいい。ガソリンスタンドの店員が控えている部屋に電話くらいあるだろう。

 彼は早速ガソリンスタンド店員控え室に行ってみた。扉を開けると、冷たい風、は吹いてこなかった。今は夏なので、冷房しているのが普通なのだが。

 解せぬところではあったが、それよりも不可解なことはいくらでもあったので、さして気にも留めず、彼は室内へ入り、そして新たな異変に気づいた。

 部屋に入ると、冷たいのだ。クーラーを見ると、確かに点灯しているので、おそらく電源は入っているのだろう。クーラーの下で手をかざしてみると、不思議なことに冷気は伝わってこなかった。なのに、室内は冷たい。

 考えてみたが、解るはずもなく、彼は肩をすくめた。手を引っ込めてから、電話を見つけた。

 すぐに電話番号を押してみる。正確に。しかし、通じなかった。それどころか、電子音すらしない。電源が入っていないのだろう。彼はコードを目で追ってみたが、それはしっかりと差し込まれていた。

 故障か、あるいはこれも不可思議な事象の一つなのか。どちらか判断しかねたが、おそらく奇怪な現象の内の一つだろう、と彼は決めつけた。そうに決まっている。

 

 

 歩くのは面倒だ。それに人は誰もいない。このような特殊な状況下にあっては、車の一台や二台かっぱらっても、悪いことではないだろう。

 大胆にもそう考えた小石は、ガソリンスタンドに置かれていた車を運転していた。幸いにもキーは刺さったままだった。

 しばらく走っていると、次第に周囲の風景が都会化してくる。目が捉えるものは、立ち並ぶ人工的なものばかりである。地面や草木は少しもない。それにも関わらず、人は見当たらなかった。人が今しがたまでいたという形跡や、それらしきものならばいくらでもあるのに、である。

 車から出て、ひとまず彼は近くのデパートに入った。別に目的はない。人捜しもひとまず中止だ。トイレに行って用を足し、鏡を見て、彼はぎょっとした。そこに映っているのが、自分ではなかったからである。

 これは、誰だ。

 彼は鏡に触れた。硬質で冷たい感触が指先に伝わり、続いて心臓が鷲づかみにされる。冷気が身体の中を満たしてゆく。

 誰だ。

 再び問うてみるも、鏡の相手も問い返してくるだけで、答えを教えてくれることはない。

「しかも、なんでこんな老いぼれなんだよ」

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