ガシャポン彼女
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 あまりに早かった。

 念じる暇すらない。たとえ念じることができたとしても、小石の身体が目的の材質へと変化するには、少々の時間を有する。

 そう、鋼鉄化した手を挙げる猶予すら、小石には与えられなかったのだ。

 敵の使者が圧倒的に強いのかもしれないが、何よりも踏んでいる場数が桁外れに違っていた。

 悶絶するようなたえがたい激痛が身体を駆け巡る、はずだったが、それは真南夢によって打ち消された。

 真南夢がミルクの甲羅が、飛来する斬撃を防いだのだ。

 いや、防いだどころか、その攻撃は跳ね返った。牙を剥く対象を少年自身へと変えた斬撃だったが、事も無げに、それの産みの親によって無に帰された。

「鏡か。その能力は、全員に知れ渡っている。俺が今までどれだけコピーの首を斬り落としてきたことか。あまりに容易くて、飽き飽きだ」

「確かにね。コピーの使者って、全部鏡だから、どういった力を持っているか全て筒抜けだもんね。でも、使い方は違うでしょ」

 それに対して反論しようと少年が口を開いたが、何を思ったのか、発声せずに、じっと真南夢の顔を食い入るように見つめる。

「……お前、思いだしたぞ。俺が『初めてここに来た』時に、唯一殺し損ねた奴だ」

 以前も狭間に来て、幸運にも帰還したことがあるらしい。

「へえ、よく覚えてるね」

「当然だ。ふん、まあ、殺し損ねたコピーの首を狩るのも悪くない。そこのガキと一緒に葬ってやろう」

 少年が構え直し、突進してくる。即座に小石は腕を鋼鉄に戻した。

「終わりだ」

「くらいやがれって!」

 声が二つ重なった。

 小石達と少年の間に燃え盛る炎の壁が発生し、彼らを分断する。

 今の内だ。小石は隣に倒れている少女を抱え、赤煉瓦を水へと変え、そこに入った。深さは、二メートルといったところである。

 真南夢は少しだけ躊躇ったが、小石に続いた。

 小石が、地上から五センチメートルだけ元の赤煉瓦に戻す。そして更にそこから五センチメートルだけ鉄板に変えた。

 これで完全に地上と断たれた。闇と水で浸された空間で、真南夢が小石を突いた。息苦しいことを知らせるためだろう。

 真南夢に見えもしないのだが、小石は小さく頷いてから、周囲にある水を空気へと変換した。

「レオン、彼女の血を身体の――身体の組織、そう、この血液を必要なだけ使って、彼女の皮膚を繋ぎ合わせてくれ」

 くりくり、とレオンは目玉を回してから、舌を突きだした。すると、少女の肩から腰にかけて走る痛々しい傷口から溢れる血液が止まる。

「はあ、死ぬかと思った……。でも、よくこんなことをすぐに考えられるよね」

 頭上にある鉄板と少女の癒えた傷口を交互に眺めながら、すっかり乾燥した真南夢が感想を漏らす。

「いいや、ここからが問題だ。なんといっても、東森を上に置いてきたんだからな」

「そういえば……」

 真南夢が顎に人差し指を当てながら、心配そうな顔をする。彼女の頭からは、東森のことはすっかり消えていたのだった。

 

 

 少年は紅蓮の炎に触れてみて、到底あちら側へ行けないことを確信した。僅かに触れただけで指先を少々ただれさせてしまう威力を、それは持っているのである。

 仕方ない。少年は回り込んでみたが、どうしたわけかそこは蛻の殻であった。忽然とあの三人は、姿を消したのである。

 一体どうやって逃げたのか。それもほんの数秒間で。ふつふつと怒りが込み上げてくる。コピーの分際を逃してしまったのも腹立たしいが、なんといっても、それを阻止したもう一人、炎の使者を持つ主が憎い。

 炎が射出された方角から、少年は敵のおおよその位置を把握していた。勢いの衰えた炎を憎々しげに見てから、彼は図書館の屋上に向けて斬撃を放つ。

 コンクリートを穿つ音。汚らしい悲鳴が、その後に訪れた。斜めに切断され、図書館と分離した部分とともに、東森が落下する。

 コンクリートと赤煉瓦が互いの身で互いを砕き、粗暴な音が辺りの静寂を掻き乱す。もうもうたる土埃、穿たれた赤煉瓦の破片が飛散した。

 土埃が大人しくなるのを待ってから、少年はつかつかと東森へと接近した。

 

 

「上を見てみなくちゃな」

 東森が今どういう状況に置かれているのか、こちらからはまるで見えない。

「でも、どうやって?」

 頭上の一部をガラスにしたとしても、見える範囲は限られている。見える範囲を拡大しようものなら、ここで息を潜めて隠れていることが発見される危険性が増大するのだから。

「こうやるんだ」

 小石は、複雑な改竄を試みた。

 土、赤煉瓦の一部分を、空気に変化させ、地上への到達部分の箇所直径二センチメートルだけマジックミラーに切り替える。

 それから、ひとまず適当な箇所に穴を開ける。もっとも、それだけでは見える範囲も固定されている上に、視認できる部分が圧倒的に少なすぎる。

 しかし、これは絶えず改竄する部分を移動させ続ければ解消できる問題だ。レオンにかなりの負荷がかかるけれども、致し方ない。

「頑張ってくれ」

 小石はレオンの頭をなでながら、覗き穴から東森の状況を確認した。

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