ガシャポン彼女
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 そこから見えたものは、最悪な事態だった。少年がどうやってか知らないが、東森のいたところを探り当て、図書館の屋上目がけて鋭い攻撃を加えたのだ。

 天井の一部が地滑りするように、地面へと急降下。

 東森の命も、即終了だ。

 などという言葉が、不吉にも小石の頭で反響する。

 何がどうなったの、と真南夢が状況を説明してくれるようにせがむので、小石は覗き穴から目を離した。

「東森が地面へと落とされた」

 そんな、と真南夢が口元を両の掌で覆う。彼女の瞳は、ありえない、とでも言いたげだった。

「彼もここへ入れることはできないの? ほら、東森君のところの赤煉瓦だけ空気か何かにしてさ」

「無理だ。この力も限界があるみたいだ。多分、俺が触れているもので、なおかつ半径五メートルくらいまでが精一杯といったところだな」

 うーん、と真南夢が歯がゆそうに呻く。

「しかし、このままここに隠れているわけにはいかない。あのままでは、東森が殺されてしまう」

 東森は、まもなく無慈悲な死に直面する。小石あるいは真南夢の協力がなければ。

「で、でも、あいつには敵わない! 前にあいつがいた時、十五歳は真南夢を残して、全滅させられたのよ!」

 真っ昼間の炎熱。

 それに照りつけられながら、全滅、殲滅、幻滅といった負の単語が小石の心の中で連結。

「あいつの力はなんだ? あれだけか? あの刀の衝撃波だけか?」

「私は少なくとも、あれしか見たことないけど」

「あれじゃあ、解らないな。あの刀には、一体何が――」

 うずもれていた小石の記憶が、白昼の下に晒しだされる。

 刃紋は白波のように清々しく、けれども血に飢えたような狂気を帯びている。

「あいつは……殺人鬼、か」

 まさか!

 殺人鬼は、大型トラックとの衝突によって死んだはずだ。あれとまともにぶつかって息のある人間は、まずいない。いたとしても、そこから人目を避けて、逃げおおせる体力を有しているということは、なおさらありえないことである。

 小石は、少年の目がよく見える位置へと、ガラスを移動させた。

 彼の目は、あまりにも冷たかった。無色でいて無表情な瞳。

 あれは、殺人鬼だ。

 小石は確信した。あの酷薄そうな雰囲気を見間違えようがない。殺人を愛し、幾多の魂を奪ってきたあの刀は、衝撃波どころか、もっと毒々しい力を秘めているにちがいない。

 戦歴の深さだけでは、この狭間における勝者になれるはずがないのだ。不用意に近づくことは禁物だ。次に刃を交えて、生き残れる自信は少しも湧いてこない。

 湧いてくるものがるとすれば、それは臓物を抉りだされるような凍える畏怖のみである。

「あれは、あの殺人鬼なの?」

 小石は、厳かに頷いた。

「どうするの? 戦うの? 勝ち目ないよ……」

 以前、あの少年の強さを目の当たりにした彼女が言うのだから、間違いないのだろう。

 そうこう考えている内にも、少年は瓦礫の山を蹴り上げ、東森のぐったりとした身体を引きずりだし終えてしまった。

「仲間はどこにいる?」

 まだ諦めていないのだ。

「狩人は一度狙った獲物は逃さない」

 少年が、刀を東森の首筋に当てた。

 東森は反抗的にも、ジッポに炎を吐かせようとしたが、即座にその使者は斬りつけられた。血飛沫を上げ、ジッポが赤煉瓦の上でのたくり回る。

「うがあああああああああああ!」

「どうだ、痛いだろ。使者に加えられた痛みは、主に跳ね返る。もっとも、コピーはいくらダメージを受けても、主は少しの痛みも感じないがな」

 さあ、言え。仲間はどこだ、と少年が柄を握る手に力を込める。それに呼応して、刀身が明滅した。

「これしかない!」

 小石は、土からピンポン球を形成した。

「どうするの?」

「こうするんだ!」

 小石は天井に穴を開け、そこ目がけてピン球を投げ、すぐに穴を閉じた。

 

 

 空中で何かが踊っている。少年は動物的本能で感じ取り、すぐさまそこへ斬撃を飛ばした。

 少年が一部の隙を見せた時だった。

 悪人面が少年の腕を強引に引き離し、ジッポによる灼熱の炎を浴びせかけた。

「くっ!」

 つい反射的に斬撃を飛ばしてしまったことを、少年は後悔したが遅かった。長年、背後に意識を向けてしまう習慣は、そうそう消えるものではない。

 濃淡の落差が激しい炎は、少年を見事飲み込み、消化しようとした。

 

 

「こっちだ!」

 予想以上の速さで東森が、僅かの隙を突いてくれた。

 小石も嬉しかった。だが、今はそれを喜んでいる暇などない。なんといっても敵はかの殺人鬼であり、かつてここから抜けだした猛者なのだ。

 その上自分は、少女とはいえそれなりの体重を有する荷物を抱えているのだ。全力で駆けても、さして速くはないだろう。

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