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普段、小石は学級委員長や体育祭実行委員に支配される側であり、支配者となったことは今までに一度もない。 支配することに関しては全くの未経験者である小石が、統率のとれていない烏合の衆を、どうやれば手なずけられるというのだ。 「俺がやらあ」 東森が、ぶっきらぼうに答えた。 「何か考えがあるの?」 真南夢が、少し顔を曇らせる。彼に名案がある、とは到底思えないのだろう。 「ああ、あるとも。だから任しとけって」 ふいに、扉を開けようとする音がした。三十五歳の少女だ。あいにく扉はロックされており、解錠なくして開けることはできない。 「起きたか」 小石は振り返り、少女を見た。 「ここは? 私は……私は……あの男に斬られて――」 そこで少女は口を噤んで、小石をじっと見た。 「あなた達が?」 「そうだ」 「俺も身を張って助けようとしたぜ」 すかさず東森が、自己主張する。 「私も、ね」 控え目に、真南夢も功績を口にした。 「どうして? 私は三十五歳……あなた達を殺すかもしれないのよ」 「それはないでしょ? だって、あなたダイスの主だもの」 「よく知っているね……なるべく見られないように気を配っていたつもりだけど? それに私は幸運に包まれているから、十五歳の目に留まることもそうそうないんだけど……。そこの君は別として」 少女が、東森に、ちらりと視線を送る。 「お、俺には敵意がなかったからだろ? 君を殺すなんてこと、これっぱかしも考えてなかったからよ」 へえ、あれだけ炎を吹きかけておきながら、と少女が皮肉めいた笑みを浮かべる。これには東森も閉口し、頭をかいて誤魔化すしかなかった。 少女が、東森からの必死な弁解を受けている。 小石が持つ心の片隅で、何かが鳴り響いた。小さな鈴の音のような、弱々しいけれども、はっきりとした明るいものが。 「君は、いつまでも逃げ続けるつもりか?」 東森の懸命なる弁解を強引に押しやってから、小石が問うた。 「逃げる? 違うよ。それこそが私にとっての戦いなの」 「違う。逃げることは戦うことにならない」 「じゃあ、君は人を殺すの? 三十五歳を殺すの? それとも、さっきの男みたいに同士討ちでもするの?」 「いいや、俺はその両方もしないな」 「じゃあ、何をするの?」 脱出、と三人の声が偶然にもきれいに揃った。 「あまりに楽観的すぎない?」 少女は呆れて、鼻から溜息を漏らしている。ここから抜けだすことなど、絶望的に不可能とでも思っているのだろう。 「確かにこの世界がどういったものかすら、まだ仮定的な考えしかない。君の思っているように、脱出口を見つける可能性を数値化したら、当然絶望的な値しか出てこないに決まってる。 だが、それだからといって諦めていいのか? 君は、今までのように逃げ続けることに満足か? たとえ君が誰も殺さなくとも、誰かが誰かを殺すこの世界を放っておく理由の正当化にはならないんじゃないのか?」 少女と小石の視線が重なる。 小石は、見つめられて、なんだか心の深くまで見透かされているようで、なんだか恥ずかしかった。 「そう、解った……。それで、これからどこへ行くつもり?」 「仲間のところへ」 東森が言うと、冗談じゃない、と少女が物凄い剣幕で怒り始めた。私を殺す気なのか、と少女は東森に詰め寄る。 「何言ってんだ? 俺が奴らを説得するんだっての」 「その通り。彼なら、まあ、多分うまくやってくれる」 やや弱いフォローを、小石が入れる。 「うん、東森君なら、もしかしたらうまい具合に誤魔化してくれると思う」 真南夢は、ひょっとしたら、それはフォローではないぞ、というレベルの後押しをする。 「そら、みろ。俺はこれだけの信頼を得てんだ。大船に乗ったつもりで来い!」 自信満々な東森。 それとは対照的に、溜息を吐く少女。 「解ったから、とにかく、君――東森君に任せたらまずいってのは解ったから」 少女が的確な意見を述べたが、それは東森の大丈夫、大丈夫、という銅鑼声によって掻き消されてしまった。 「あ、そういや、お前さんの名前をまだ聞いてなかった。教えてくれ」 少女は一瞬だけ考え込むように、視線を泳がしてから、 「森塚葵」 「よろしく、葵ちゃん」 馴れ馴れしく東森が呼び、よろしくね葵さん、と真南夢。東森ならなんとかやってくれるからさ葵さん、と小石も台詞の後に少女の名前をつけ加えた。 それから、各々の軽い自己紹介を済ませ、さあ出発しよう、という矢先、東森がトイレ行ってくる、と言いだした。 「あ、私も」 と真南夢も東森に続いた。
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