ガシャポン彼女
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 幸い目の前に駅があるので、そこで済ませる。すぐに戻ってくるから、と真南夢が言った。

「なにも、お前ら男女で連れションしなくてもいいだろ……」

「違うよ。東森君がトイレ行ってる時に私は男子トイレの前で見張り、私がトイレしてる時は東森君に見張ってもらうの。用心は怠らないこと! これがここで生き抜くための基本ね!」

と経験者めいた言をぶつけてくる。

「ああ、解った、解った、行けって」

 東森と真南夢が、何事か話し合いながら駅に向かう。小石は思わず、やれやれ、と独白した。

「ねえ」

「うん?」

 小石が振り返ると、そこへすかさず強烈なデコピンが打ち込まれた。

「痛えな! 何すんだ!」

「淑女の前で、連れション、だなんて下品な言葉はできれば使わないでもらたいしね!」

「なんだよ、それ……」

 反論しかけたら、またも森塚のデコピンが発射される。

「解った、解った。言わない、言わない……」

 いててて、と小石は額を押さえた。なんという威力なのだろうか。ミラーで確認すると、額の一点が朱色になり、やや膨れ上がったような感じになっている。

「しっかし、なんだか君と一緒にいると……」

「何、何?」

 やけに興味深げに少女が、後部座席から身を乗りだす。

「落ち着く、な。なんか和む。癒しのオーラでも放ってんのか?」

「もちろん!」

 即座に肯定する。本当に意識して癒しの波動を放出しているとしたら、相当の手練れである。

「ねえ、学校では普段何してるの?」

「学校、か。大したことはしてないといえばしてないな。帰宅部だし」

 帰宅部。

 今すぐ何か部活動しないの、と三十五歳が聞く。

「なんつーか、やる気が起きない。俺は俺。他の誰以外でもねえ、って感じ」

「ふうん。何か興味あるもの、熱中しているものとかないの?」

「熱中ねえ……。強いて言うなら、聡美、かな?」

 彼が今必死になっていることといえば、聡美くらいなものだ。容姿だけではなく、聡美の醸しだす接しやすさや安らぎ、ということも含めて自分が受け入れている、ということを小石は証明しなくてはならない。それが目下、彼の目標であった。しかし、なかなかそれが思うようにいかない。

 しばし自分の中で悩みを掘り返していたから、それなりの時が経っているはずなのだが、森塚からの返事が途絶えていた。

「あーっと、聞いてる?」

「あ、ごめん、ごめん。少し私もあっちの世界じゃ、悩むところがあってさ」

 彼女が、人懐っこい笑みを見せる。

「悩みって何? 大人の世界じゃ、昇進とか給料とか? あるいは人間関係ってところか?」

「うーん、まあ、人間関係の悩みは持ってるね。後、容姿かな」

「容姿ねえ。まあ、女の子って奴は、皆、とっても見た目に気を遣ってるもんだからな。気にしだしたらきりがないって。ダイエットしまくってガリガリで、むしろそれはまずいだろって奴も五万といるし、お化けみたいに顔を塗りたくっているのもいるし……俺としてはごめんだね。まあ、話したら案外気が合うかもしんないけど」

 小石が女性の容姿に対する論を展開している最中、ところどころで、森塚は、からからと元気よく笑っていた。

「そうそう、笑ってればいいのさ。女性は笑顔の時が一番美人だからな」

 森塚は少しだけ顔を赤らめてから、ありがとう、とだけ言った。

「君なら、きっといい彼氏になれるね」

「そりゃどうも。今、彼女のことで大層頭を痛めてるんでね。なんていうか、贅沢な悩みなんだよなあ。見た目だけで、俺が彼女を選んだ、と思いこんでいるみたいでさ。無論、かわいいさ。かわいいとも。だけど、そこだけを評価したんじゃないって。彼女の持つ雰囲気とか、むしろ俺はそっちを重視した。けど、そんなこと証明のしようがないからなあ」

「うーん……」

 森塚が、腕組みをする。

「その娘は、何かひどいことを過去にされたんじゃないの?」

「かもな。ていうか、それしか考えられない。自分の容姿で悩む奴は、それこそ掃いて捨てるほどいるけど、容姿端麗ということで悲観的になる奴なんて普通はいないからな」

 小石も、嫌な想像を過去にしたことがあった。聡美は、昔、何か良からぬ輩に悪戯でもされたのではなかろうか、と。しかしそんなこと思っていても聞けるわけがなく、その推測はあくまで推測の域に留まり、今に至る。

「てか、あいつらまだか? やけに遅いな……。少し不安だ。空園駅に行こう、か。おっと、危ないから、君も来るか?」

「遠慮しとく。私は幸運に包まれているから、ね?」

 森塚の掌に、ダイスが現れた。ただのダイスだろ、と言いかけて、小石は息を飲んだ。そのダイスがじろりとこちらを見たのである。一から六までの数字を表すために掘り込まれている凹み全てが目だった。そこに瞳が埋め込まれいてる。これが、彼女の使者なのか。それなりの幸運はもたらしてくれるのだろう。だが、効果の程は疑問である。彼女はあの殺人鬼に襲われていたのだから。

「幸運、幸運っていうが、さっきの殺人鬼に殺されかけてただろ?」

「あれの力が、私の幸運を上回っているから。前にもあいつと出会ってしまったし。てかさ、あれ『殺人鬼』なんだ……」

「ああ、ニュースを賑わしている奴な。俺は、てっきりトラックでひき殺されちまったと思ったんだけどな」

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