ガシャポン彼女
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「あ、そういえば、真南夢は?」

「んなこといったら、お前、葵ちゃんは?」

「あれ? ああ、あそこだ」

 小石はよろよろと立ち上がり、自動販売機の横にもたれかかっている森塚に歩み寄った。

「すまない。東森の声を聞いて、何も言わずに放ってしまって」

 小石は、その場に腰を下ろした。疲れているというのもあったし、自分だけ立っているのは、変に思えたからだ。

「怖い……」

 ぽつり、と森塚が言った。

「あいつが……あいつがいるのよ……あなた、あの狛犬と戦ってたんだよね? あれは、あれは……操り人形の奴が……」

 階段から、ころころと破片が転がり落ちる。階段の方を見ると、二頭の狛犬が立ち上がっていた。三頭の狛犬も、起き上がる。一頭以外は、全員立ち上がった。狛犬達は戦意喪失するどころか、より一層闘争心を燃え上がらせていた。

 五頭の狛犬が、部分的に欠落している身体を押しながら降りてくる。一歩、一歩、進むごとに、身体から一部が剥落した。

「おいおい、まだやる気なのか?」

 東森が憂鬱そうに言う。ジッポも、しゅんとしている。

「逃げよう」

「待ってくれ。真南夢は、まだトイレにいるんだよ」

「はあ?」

「だから、トイレにいるんだって。俺が見張ってる時に奴らが来やがってよ、だから仕方なしに囮になって、プラットホームへ向かったんだって。あそこ二階だし、派手にドンパチやってりゃあ、小石か葵ちゃんに気づいてもらえると思って。いきなり自動車に向かっても、お前さんの戦う体勢ができてねえだろ?」

「解った。じゃあ、お前はいまだにトイレで寛いでいる真南夢を引っ張りだしてくれ。んで、車に乗り込んでくれ。俺はエンジンかけておくから」

 東森は、ういっす、と威勢よく言った。

「よし、じゃあ俺らもさっさと逃げるぞ」

 半壊した狛犬五頭が階段を降り終える前に、できれば駅から抜けだしたい。しかし森塚は小さく首を横に振り、指で足を指す。

「大丈夫。私は逃げおおせる自信があるから。あなた一人で逃げていいよ」

 元々、十五歳達と会うのに乗り気ではなかった彼女。無理をしてまで、小石達と行動をする気はないらしい。面倒なことになった。

 小石は、改めて自分の身体を見下ろした。飛来した破片のいくつかは、ジーパンを切り裂き、中の肉まで丁寧に抉っていた。血液を使って、人体組織の再構築をしようとしたが、小石の肩でレオンは舌を出して、ぐったりとしている。

 レオンにも破片が突き刺さり、緑の血液をだらだらと垂らしていた。かなりの重傷であり、その損傷は小石にも伝達されていた。使者と主は表裏一体なのだ。

「気をつけてね。使者とあなたは、感覚を共有しているから。それと、使者がこめられている物――魂合物を壊されたら、主は無事でも使者は消える……」

「混合物? 混ざって合わさった?」

「魂が合わさった物ね」

 火花を散らして、狛犬が階段から転げ落ちてきた。降りるのが面倒になったらしい。

 五頭とも、その足を潰していた。ガラス瓶を砕いたかのような状態になっている。あれで蹴りつけられたら、致命傷を負うことは免れなさそうだ。

 なかなか使えそうな武器を手に入れた狛犬達だったがしかし、それがゆえにうまく走れなくなっていたし、動けば動くほど足が砕けてゆく。

「仕方ないな」

「そう、仕方ないの」

 あまり生に固執していないのか。それとも、自分の幸運は絶対的だと思っているのか。

「生きたくないのか?」

「なぜ生きるの?」

「なぜ生きない?」

 ゾンビと言えなくもない狛犬達に小石は一瞥をくれ、森塚を抱き上げた。

「ちょ、ちょっと!」

 抗議の声を上げる森塚だったが、すらりとした足が、か細い腕が、華奢な身体が、小さく震えていた。

 心臓の拍動は間隔が短く、そして大きい。小石に伝わるほどに、森塚は大きな鼓動を胸に隠していた。

「何トイレ入ってきてるの!」

 女子トイレから真南夢の甲高い叫びが聞こえ、少しして東森が真南夢の手を引いて出てきた。真南夢が、東森の頭をぽかぽかと叩いているところからして――

 小石は、考えるのを止めた。今は狛犬から逃れることが最優先だ。

 足に力を送り込んだ。切断された筋肉の繊維が、悲鳴を上げた。腕や足に負った傷口から、血がにじむ。

 改札を抜け、駅から飛びだした。

「やべえよ。あいつら速えよ!」

 東森と真南夢が、小石を追い抜く。

 腕に感じる重量、生きる意味を問う重み。心にも、身体にも、全身に浴びた傷にも、それらは強くのしかかってくる。

「早く、早く!」

 真南夢が窓から顔を出して、叫んだ。

 後部座席のドアは開けられている。すぐさま、小石達を受け入れられるように。

 それを見て小石が少し気を緩めた時、ふくらはぎに鋭い痛みを覚えた。狛犬が、食らいついたのだ。

「この野郎!」

 小石が狛犬を引き剥がそうと躍起になっていると、他の狛犬にも追いつかれてしまった。絶体絶命。身体は鎖にでも巻かれたかのように鈍化している上、腕は塞がり、肝心要の使者は疲弊しきって、改竄の一つもできない。

 

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