ガシャポン彼女
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「放して! 目当ては、きっと私だから。私のダイスを欲しがっているの。前にも、操り人形の奴に狙われたから」

 狛犬が猛然と飛びかかった。

 小石は背を向け、森塚を守った。背に石の塊が激突する。あまりの衝撃に、小石の思考が一瞬、弾けた。

「おらあ! どけどけい!」

 東森が、自動車で狛犬に突っ込む。四頭の狛犬が、再起不能なまでに砕かれる。もう動くことすらできないだろう。

 残るは、小石のふくらはぎに食らいつく狛犬だけとなった。

 真南夢が、それを引き剥がそうとした。しかし狛犬の鋭利な起伏を有する足が、彼女の腕の肉を抉り取る。

 真南夢の悲痛な叫びと同時に、鮮血が宙を染めた。

 この野郎、と東森が蹴りをかまし、やっとのことで狛犬の牙が小石を放した。

 狛犬は恨めしそうに唸っていたが、事切れたように、その場に倒れた。

「早く行こうぜ。うろちょろしてりゃ、またこんな奴らと遭遇するかもしんねえ」

 東森が真南夢に駆け寄り、自身の服を裂いて、それを彼女の腕に巻きつけていた。

「どうしてそこまでするの? あなたにしても、東森君にしても」

と森塚が、顔を曇らせて聞いてきた。

「君が、生きる意味をまだ見つけていないから」

 小石は錆びついた痛みをこらえながら、森塚を後部座席に運び、自分はその隣に座った。

 真南夢の応急手当を終えた東森が、運転をしようとした時だった。

 聞き覚えるのある、けれども聞き慣れることは決してないであろう不気味な鐘の旋律が脳内で反響した。

「どういことでえ? これは、狭間に来訪する時だけ鳴るものなんだろ?」

『重大なことを知らせる』

 この声は、頭の中から響いているものではなかった。駅構内から、いや、そこかしこから聞こえてくる。

 駅の構内アナウンスからであったり、駅の反対側にある電化製品店の中からであったり、自動車のスピーカーからであったり、とにかく音を出せるもの全てが、異口同音に述べているのだった。

『三時五十分四十七秒に、同士討ちが発生した。その者を今から空に投影する。心にしかと刻み込んでおけ。

 なお、この者を殺した者は、十五歳、三十五歳を問わず、一度だけ無作為に選ばれる十名の対象とはならない。繰り返す、この者を殺した者は――』

 空にあの少年が映しだされた。

 酷薄そうな顔、ひどく冷え込んだ眼差し。

 雰囲気はどこか儚い。

「どうして殺すのが好きなんだろうな、全くよお」

 小石は、空を見た。

「ここは、殺人を正当化されている世界。殺人鬼にとっちゃ、ここはパラダイスってか……」

「殺人鬼!」

 東森が、素っ頓狂な声をだした。

「ああ、あいつは殺人鬼だ。今、ニュースで引っ張りだこのな。厄介な野郎がいる時に、俺達は来訪者になってしまったってわけだ」

「そりゃあないよ」

 東森は、ハンドルに額を勢いよく当てた。

「ほら、早いとこ出発してよ」

 真南夢が東森に命じると、自動車はのろのろと始動し、十五歳達のいるマンションへと向かっていった。

 

 

「あ、止めて!」

 真南夢が、向かって右手前方に見えるマンションを見た。空園マンション、と表されたプレートが質素なコンクリートの壁にかけられている。マンションは、乳白色だった。ベランダや窓枠部分だけは例外的に、てかりと光る黒色である。

「ええ、あれね。間違いない」

「あ、でもさ、そろそろ復帰時間だよね?」

 森塚が言った。真南夢は慌てて携帯電話を取りだし、連絡を行っている。今日一日のことを、主に報告しなければならないのだ。

 数分彼女が話し込み、よし、と携帯を閉じたと同時に、復帰時間が訪れた。

 

〈現実〉

 

 銘仙高校の屋上で、東森とメールアドレス、電話番号を交換した。

「んじゃ、まあ今日はこれにてお別れってことで。なんか、お前とは最近知り合った気がしねえや」

と東森が嬉しいことを言ってくれた後、二人は別れた。

 

 

 小石は一人で冷たい夜の中を歩き、帰宅した。

 身体に刻み込まれた痛々しい無数の傷は、出刃包丁で斬り付けられた傷同様に跡形もなくなっていた。

 ベッドに潜り込んだ。安眠を貪ろう。しかし、世の中そう順調に事は運んでくれないらしい。特に、厄介な彼女を持っている男は。

 夜中の三時だというのに、メールが来る。

 こんな時間にメールをよこしてくる人物は、聡美しかいない。やれやれ。一体なんなのだ。小石は、メールを開封した。

 

 時の円舞を明日までに読んでおくこと▼Д▼)ノあれは、上巻だから、早く下巻まで行かないと!

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