ガシャポン彼女
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 真南夢の瞳には、他の女子と比べて何か特別な力がある、ように思えてならない。前は悪戯好きな子供の光が見え隠れしていたが、今は違う。もっと別の光、こちらを試しているようなものだ。

「他の分身の主にそれを聞いて、なぜ近くにいたんだろ、って考えた」

 真南夢の言わんとしていることが解った。近くにいたのではなく、いなくてはならなかったのだろう。あまりに離れていると、遠隔操作できないのだ。

「解るでしょ?」

 小石の顔を見て、真南夢が小首を傾げる。

「今回、十五歳は、分身ばかりだから、あなた達が頼りなのよね」

「は?」

 思わず小石の口調が、きつくなった。

「だから今回は十五歳の皆さん、全然、使者と共鳴しない人ばかりなの。それでさ分身は鏡の使者しか使えないから、戦力にはならないわけ。だって鏡の能力なんてだだ漏れだし、使えるわけないでしょ? バレても強い能力なら、まだ救いようがあるんだけど」

 とにかく君が分身達を仕切ってね、と真南夢が自分の使命はこれまで、とばかりに踵を返すものだから、小石は慌てて彼女の手を取って引き留めた。

「セクハラ」

「俺と東森しかいないのか?」

「鏡の主達は行こうと思えば、行けるけど? 使者の鏡を通して、そこに瞬時にして行くことができるから。逆は無理だけど」

 なんとかしなくては。小石は寒気を感じた。脱出口発見が遅ければ、三十五歳達と剣を交えなくてはならない。その上殺人鬼という、脱出口も何も関係ない厄介な存在さえいるのだから。

「君達が来てくれたら助かるけど、来ないだろ?」

 うん、と真南夢が即答した。

「他に、誰も身を張ってる奴はいないのか?」

「一人だけいるよ」

 小石は、安堵の吐息を漏らした。一人は少ないだろうが、いないよりは遙かにいい。

「でも、ややこしい人だよ」

「どうややこしい?」

「私は別にややこしいと思わないけど、小石君ならきっとそう思うだろうから」

 回りくどい言い方せずに早いとこ説明してくれ、と小石が頼むと、えー、どうしようかなあ、とまた以前に見せた意地の悪さを発揮する。

 ここは我慢だ。小石は自分に言い聞かせ、何度か丁寧に頼み込んだら、仕方ないか、と真南夢が言った。

「身を張って戦っている彼、南野誠吾は主を亡くした分身よ」

 しばらく、沈黙が流れる。やがて、小石は、「え?」とだけ言った。

「普通、主がいなければ分身は消える、はずなんだけど、どうしたわけか南野君だけはちゃっかり生きてるのよね。なんでだろ?」

 まるで他人事のような口調である。その口調を止めろ、という言葉が小石の口を突いて出ようとしたが、なんとか言わずに飲み込んだ。ここで彼女の機嫌を損ねるのは、得策ではない。

「それでさ、彼、結構、主と仲が良かったらしい。普通、主はコピーを酷使するんだけど」

「だろうな」

 小石が即答すると、真南夢は表情を硬くし、ぎろりと睨んできた。が、すぐにいつもの様子に戻った。反論できぬ事実だからだろう。

「それで、主が殺されちゃったもんだから、三十五歳を物凄く、物凄く恨んでるわけ。殺して、殺しまくる。今まで十一人殺してるし」

 凄い、と小石は感嘆するとともに、いくらか違和感を覚えた。分身であるならば、鏡しか使えないはずだ。

 鏡は狭間における最弱の使者。それほどの猛威を振るうことには、結びつかない。小石は彼女に疑問をぶつけてみた。

「そこもおかしな話で、彼は二匹目の使者を持っているの」

 そこで彼女が言葉を切るので、小石は先を促した。

「左手限定だけど、パンチは物凄い威力だって」

「どれくらい?」

「コンクリートの壁をぶち抜くくらいだって」

「純粋な力か。単純だから、奇襲には向いていないな」

「けど、あの力は本物よ。なんといっても、ボクシンググローブの使者なんだから」

「なんか、それってボクサーを超えてないか?」

 真南夢が小馬鹿にしたように鼻で笑った。嘲笑といってもいい。それくらい、見ていて神経を逆なでするものだった。

「魂合物ってのはね、どれだけ愛用されていたか――愛を受けていたかによって、発揮される力が違うのよ。それくらい知ってたんじゃないの? 私の分身が教えてなかった?」

「そういえば言ってたな」

「とにかくね、南野君は三十五歳にこれでもかってくらいに憎悪を燃やしているのね。南野君の主を殺したのも三十五歳だし。脱出口みたいな非現実的な話には絶対に乗ってくれなさそうな人ね」

「でも、君は信じてくれた」

 真南夢がきょとんとした。小石の言が意味をなさないただの音声、とでも言いたげな顔だった。が、やがてゆっくりとその意味の理解が浸透したのか、

「信じてなんかいない!」

 俯いて言う。

「希望は持っていた方がいい。ただ、それだけ……」

 なんとも頑固な女の子だ。 それでいて弱いけれども、その意外な一面を見せたくない少女。小石は、たまらなく真南夢がかわいそうに思えた。

 かつて脱出口を見つけようとして、多大な苦労を背負っただろう。

 多くの者から嘲笑をその身に受けたことだろう。

 三十五歳のみならず、十五歳の説得に頭を痛めたことだろう。

 そして、殺人鬼の来襲。

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