ガシャポン彼女
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 誰もが我先にと逃げた。友人二人も。信じることを恐れるようになった彼女。真南夢と秋山の姿が重なって見えた。

「私は、そんな夢みたいな話なんかより、殺人鬼をぶっ倒す方が早いし、確実だと思う」

「だろうな。でも、それだと不幸の連鎖は断ち切れない」

「いいのよ! 自分だけ助かればそれでいい! あそこには一秒たりともいたくない!」

 彼女が、怒りを爆発させた。心なしか、彼女の髪がふわりと立っているようにさえ見える。猫が威嚇のために、毛を逆立てているかのようである。

 彼女の目には、涙が一杯にためられていた。涙をせき止めているダムは、今にも決壊しそうだ。これではまるで小石が加害者で、真南夢が被害者だった。

「違うだろ。本当は、もう自分みたいな奴を作りたくないだろ? 人を――」

 先を続けるには、とても重い言葉だったが、小石は話した。

「人を信じられない苦しみは、真南夢さんがよく知っているだろう?」

 小石は一歩も引かず、彼女を見た。目を合わせようと試みたが、彼女は俯いたまま。しかし、彼女の身体から急速に怒りが抜けていくのが察せられた。

 落ち着くには、もうしばらく時間が必要かな、と小石は待つことに決めたが、真南夢は顔を両手で押さえながら、屋上から飛びだしていってしまった。止める暇すらなかった。

 ひとまず、東森に今のことを知らせよう。彼は携帯を手に取った。

 

 

 放課後で、一番何を避けるのが難しいのかといえば、それは間違いなく聡美のワガママであった。時には、無茶な提案を突きつけられることもある。

「ダイナマイトってどうやって作るの? ねえ、作ろうよ」

 言いだしたら、聞かない。小石は帰宅するや否や、ネットで怪しげなサイトを駆けずり回り、なんとかダイナマイト製造方法を見つけ、土日二日間部屋に立てこもってどうにか作り上げた。

 だが、やっぱいーや、となんとも身勝手なメールが、彼女から届けられたこともあった。今でも捨てるに捨てきれず、引きだしの奥にしまってある。

 

 何々の試写会に行きたい。

 

 という個人の努力ではどうにもならない注文をされたこともあった。某ハリウッドスターとも握手したい、と。無理なものは無理、と言いたいのは山々だが、彼女がそれで納得してくれることはありえない。

「不可能を砕いて、その先にある可能を拾わなくてはならないの!」

 こんなことを言われたこともあった。それに比べれば本一冊を読み終えるくらい、なんということはない。

「ごめん。少し遅れちゃった!」

 あたふたと彼女が駆けてくる。

 校門に、ようやく聡美が到着した。

「遅刻だぞ」

「ごめん、ごめん。でさ、ちゃんと時の円舞を読んでくれた?」

「ああ、読んだ」

「でさ、感想は?」

 読書はしっかり堪能した。胸躍る物語が、伴奏されたのも事実だ。だが感想となると、話はまるで違う次元となってくる。

 小石が不得手なものの一つとして、感想、というものがある。学生である以上、避けて通れぬ読書感想文も、友人三人が書き上げたものを混ぜ合わせて、提出してきた。

「ねえ、感想は?」

 しかし、そのような主張が聡美には万に一つも通用しない。

 必死に、彼は作り上げようとした。

 秋山、彼はかわいそうだった。哀れだった。仲間に見捨てられてしまった。

「馬鹿っ! そんなこと言われてなくても解ってるって! 他に何かないの?」

「と言われましても……」

 それ以上、何を言えというのだ。小石は言葉に詰まった。必死に頭の中を掻き回してみるも、それらしき感想は見当たらない。しかし、はたと授業中に感じていたことを思いだした。

「そ、そうだな。秋山とその仲間は、すんげえ結束力があったと思った。絶対彼らは最後まで一緒に戦うだろう、って。でも、秋山は裏切られた。自分かわいさに、奴ら全員が秋山を見捨てた……。人間とはしょせんあの程度のものなのかって、思った」

 言いきったぞ。小石はやった、とばかりに拳を天に向かって突き上げた。っしゃあ、と彼は言ったが、反応がない。いつもなら、何かしらの突っ込みが聡美からくるはずなのだが。

「ねえ……」

 少し元気に欠ける声だった。

「本当に、秋山は見捨てられたのかな」

「ん? だって、見捨てられただろ。あの本には、そう書いてあった」

 ふるふるふる、と聡美が首を横に振る。

「なんだかね、そうじゃない気がするの。秋山は、見捨てられたんじゃないような気がする」

「なぜ?」

「ヨッシーなら、どうする? ヨッシーだったら、秋山を見捨てる?」

 そんなこと断じてしない、公平なやり方でいくか、あるいは交代で海につかる、というのでもいい。そうすれば、誰も死にはしない。

「ふうん、仲間想いなんだ。てへへへっ!」

 いつもと少し様子が違う。聡美は、どうして真面目な質問をしたのだろう。普段の彼女は、どこかしらネジが三本ばかり抜けたような質問しかしないのだ。今日に限って、真剣な質問を呈してくるのは、いささかすっきりしない。

「どうしてそんなこと聞くんだ?」

「ううん、なんでもないの」

 彼女は小石にもたれかかり、てへへへ、と照れ笑いをしている。腑に落ちなかったが、彼女の機嫌をわざわざ損ねることもないだろう、と小石は何もそれには触れず、デートを始めたのだった。

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