ガシャポン彼女
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 屋上を流れる風は、実に心地よい。心なしか地上で受ける風よりも冷たくて、柔らかい。

 空には、まだ太陽が引っかかっている。もう少しで月が押し退けるだろうが。

「しっかしお前、砂利の残るコンクリートの上で寝転ぶってどうよ?」

「いいの!」

 何がおかしいのか、聡美はころころと笑う。

 この娘は笑顔の時より、照れた時の方がかわいい。小石は口にこそ出さないものの、以前からそう感じていた。

 棚引く白雲が複雑に重なり合って、一種の絵を見せている。それは兎に見えたり、狼に見えたり、時にはよく解らない悪魔のような形相に見える時もある。意識するところが少しでも違えば、雲はころころとそのなりを変える。

 会話はなかった。

 あの雲がいくら流れても沈黙のままだったが、それは決して不自然でもなく、不機嫌でもなく、不愉快でもなかった。

 気心の知れた者同士だからこそ、沈黙を作ることを気兼ねしない。お互い口に出さずとも、解っていた。

 有形の言葉より、無形ともいえる心での会話の方が、相手に伝えられる情報の量はよほど勝っていた。

 しかしながらこれほどまでに聡美と心を通わせられたことは、今までに一度でもあっただろうか。

 空をぼんやりと眺めながら、小石は気づいた。なんだかんだいって、聡美は自分に心の底まで見せてくれたことはなかったように思う。胸襟を開くことに対し、いつもどこかで躊躇っている聡美がいた。

 ならば、ようやく自分を信じてくれたのだろうか。自分が彼女の外見のみを評価しているのではない、ということを。

 そもそも小石の美醜を判別する力ほど、頼りないものはなかった。男子が集まって、あの娘かわいいじゃん、といった類の会話が始まっても、彼は溶け込めないでいた。

 確かに、聡美はかわいいのだろう。よくナンパされるし、何枚かラブレターをもらったこともある、と言っていた。

 倍率の激しい彼女の心を、よくもまあ自分が射止められたものだ、と他人事のように小石は思った。

 君と話していたら楽しい、一緒にいるだけで心地よい時間を過ごせる、という台詞が決め手だったのだろう。

 かわいいだの、魅力的だの、そういったことばかりが、ラブレターには書き連ねられていたし、告白もそうだった。

 小石君が初めてだよ、かわいいなんて一度足りとも言わないんだから、と聡美が嬉しさと、少し悔しそうな笑みを見せてくれたことを、小石は今でも鮮明に覚えている。

 しかし、そこからが大変だった。小石の言葉が、真実かどうかを証明する手立てがないのだから。

 だからこそ、彼女に色々と試されたのだ。あれをしろ、これをしろ。本当に、外見だけでくっついてきている男ならば、すぐに捨てるだろう。聡美はそう思っていたはずだ。彼女は口にこそ出さないものの、小石はそうにちがいないと考えていた。

 しかし昨日から、彼女はやけに落ち着いている。無茶な要求もしてこない。これは、自分を信じてくれた証、と受け取っていいのだろうか。

 聞いてみよう。小石は口を開いたが、やはりやめることにした。なにも蒸し返さなくてもいいだろう。

 もう止めよう蒸し返し。

 かつての聡美は、命令ばかりを繰り返し。

 浮かべなくなった無理な笑み。

 今になって苦労した過去を振り返り。

 小石の言うこと全ては、しょせん口だけに――なんてことは決してなかった。

 二人は、ただ空を見ていた。やがて夜の帳が降りる。夏だが、夜になると肌寒い季節だった。制服はまだ夏服なので、若干の寒さは否めない。

 サッカー部も一日の鍛錬を終えらしく、グラウンドの人気がすっかり消えた。残されたのは、屋上にいる二人のみである。

「誰も来なかったね」

「ああ、なんでだろ。いい加減だな、この学校も」

「でも、今はそれに感謝しなくちゃ!」

 よいしょっ、と彼女が声を出して、起き上がる。手で背中についている砂利をぱっぱっと払い、いくよーっ、と声を張り上げる。

 聡美のハイテンションとは対照的に、小石がのそのそと起き上がった。それを彼女に見咎められ、なにやってるのよ、早く早く、と手を引かれて、フェンスのところへ。

 背中に付着した砂利を払う間もなく、小石はチャッカマンとロウソクを手渡された。

「はい、まずは準備!」

 今日の彼女の注文は、屋上で花火をやろう、だった。いつもならば小石一人であれやこれやと準備をし、計画を立てるのだが、今回どれもこれも全て彼女がやってくれた。

 純粋に嬉しかった。小石は胸が急に温まり、感極まって涙が漏れそうになった。しかし、ぐっとこらえた。

「よし、やろう」

 小石はロウソクに着火し、打ち上げ花火を取りだす。

「行くぞ」

 小石は打ち上げ花火の導火線に、火を近づけた。聡美が怖々と、けれどもどこかわくわくした子供っぽい光で目を輝かせ、それを見ている。

 火がついた。

「逃げろ!」

 わー、と二人は逃げた。なにもそんなに速く走らなくても、というくらいに駆けた。彼らは打ち上げ花火と十分な距離をとり、そこから打ち上げ花火の噴火を見た。身体に響く低音を発し、打ち上げ花火は空をきれいに彩る。

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