ガシャポン彼女
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 中心に激しい赤色を抱え、目の覚めるような青色が花弁のごとく、その周囲を飾り立てていた。

「わあ」

 聡美が、うっとりとしたような表情を見せる。それを見て、小石も満足だった。別に花火がきれいだと思わないけれども、こうして聡美が喜んでいる様を見られるだけで、小石は至福を感じることができるのだった。

 再び、小石は打ち上げ花火に火を近づけた。今度は、わざと怖がる素振りも加えて。

「もう! ちゃんとつけてよね」

 頬を膨らませて彼女が不機嫌そうに言っているものの、その実はしゃぎ回っていることは小石にもよく解った。

「それっ! 逃げろ!」

 二人は全力で走り、安全な距離を確保してから、打ち上げ花火を見る。

 身体に響く音、それが不気味な鐘の音と重なる。悲しい。小石は空に上がる花火も、聡美の笑みも堪能できなかった。あそこに戻るのは怖い。そういう感覚があった。皆を救うという燃えたぎる決意も、はっきりと存在していた。

 

〈狭間〉

 

 真南夢が携帯を閉じたところだった。あのマンション前にて、小石、東森、森塚の意識は覚醒した。狭間での続きだ。もう馴れてしまい、違和感は全くない。

 真南夢が東森と小石を見て、微笑む。

「行こう!」

 真南夢が先陣切って、歩きだす。小石達も続く。森塚だけが不安そうだったので、大丈夫だって、と小石が励ました。

「だといいんだけど」

 受け入れられることは決してない、と確信している冷めた声だった。とても不安にちがいない。小石自身も、もし自分がその立場だったのなら、十五歳達に八つ裂きにされるかもしれない、と怯えていたはずだ。

 他にも何か言おうとしたが、これ以上言っても言わなくても、彼女の気持ちの揺れる幅を減らすことはできないと思い、止めた。

 そういえば、主の真南夢が言っていた南野誠吾のことも気にかかる。彼さえなんとかすれば、森塚も脱出口探索の仲間に加えることは不可能ではないように思えた。

 左手に見える駐車場を越し、真南夢がインターホンに数字を入力する。

 ぷつん、と途切れたような音がした。インターホンは繋がったようだが、向こう側の相手は何も喋らない。真南夢も黙ったままだった。

 俺達が来たことを言えよ、と小石は言おうとした。東森も、小さく「おい」と言って、真南夢に何か喋るよう促す。けれども、真南夢がそれを押し留める。何か理由があるのだろう、と小石は考え、素直に従った。

 だが東森だけは、いまだにしつこく、つんつん、と真南夢を突いている。彼女の意図がなんであるかどころか、なんらかの意図があるということにすら理解が及ばぬ東森。

 強引に小石が彼を真南夢から引き剥がし、黙れ、と耳元で囁いた。

 一分くらい黙していただろうか。やがてインターホンから、入れ、と短い指令が発せられた。やや掠れた感じのある男の声である。どうやら、『沈黙』こそが、十五歳達における秘密の暗号だったのであろう。

 玄関が自動的に解錠された。階段を昇り、二階にある最も奥の部屋。そこに六人の十五歳達が佇んでいた。小石達を含めると、十人。

 普通の学生専用のような下宿先ならば、狭苦しさを感じるだろうが、十二畳の広間があり、そういうことにはなっていない。

 置き時計があり、忙しなく時間を刻んでいた。それによると、現在夜中の十時十分ということになっている。

 広間に足を踏み入れると、小石は息が詰まった。皆、一様にして望みが破壊されたような、大変陰気な面持ちなのだ。一人の十五歳を除いて。

 例外たる彼の最大の特徴は、その巨躯だろう。立てば、ゆうに百九十センチメートルはあるはずだ。目は睨んでもいないのに、研ぎに研がれた光を宿していた。腕も足も実にたくましく、筋肉量が多いため、服の上からでも起伏が十分に見てとれる。腰には、ボクシンググローブをくくりつけていた。あれが、魂合物なのだろう。

「南野誠吾か?」

 小石が問うと、

「おいおいおい、お前、入ってきて、開口一番に言うことがそれか?」

 迫力のある声だった。本人は意識していないのであろうが、まるでこちらを威圧するような波動を、その声は持っている。

「自己紹介しとこうかい」

と東森が言い、応じて小石は頷いた。

 小石、東森、真南夢、最後に森塚という順で自己紹介を済ませると、

「おう、では、俺から自己紹介させてもらおう。俺は、南野誠吾。ここにいる十五歳達を全員無事現実世界に戻すことを使命と感じている。だからこそ、俺は問う」

 南野の掠れた声が、しだいに太くなってくる。

「そこにいる三十五歳はどういうことだ!」

 南野が、中央に配されたテーブルを怒りに打ち震える握り拳で叩いた。テーブルが真っ二つに割れる。これでは、恫喝となんら変わりない。

「待ってくれ。今から、話すから」

 小石が東森に目配せすると、

「おうよ」

と東森は応じた後、一歩前に出て、話し始めた。

「あーっとなあ、俺達はこの方、森塚葵ちゃんを仲間に引き入れたんだ。脱出口を見つけるための」

 沈んでいた空気が、どよめく。深い闇にもぐりこんでいるといってもさしつかえなかった分身達が、声高に不平不満を言い始めたのだ。

 脱出口に眠る価値探す、などということは、どうせ恥晒すことと同じだ。

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