ガシャポン彼女
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 残るものは、悔し泣き。

 脱出口を探す努力は無駄になり。

 それをするのならば、三十五歳達をこの手で砕きたい。

 小石達の主張をこれでもか、と言わんばかりの大掃除。

 だがしかし東森も負けずに、猛抗議。

「うっせえな! 不可能だって? んなわけねえだろ!」

「俺は知ってるぞ!」

 一人の分身が、立ち上がった。ひょろひょろの彼は、真南夢を指し、喚いた。

「彼女も昔脱出口がどうのこうので、騒いでいたことを。しかし、結局見つからず終いだった。それどころかこいつは友人二人を置き去りにし、自分だけ生き残ったんだ!」

 一瞬静まりかけた喧噪が、再び加熱した。もうこうなると、収拾がつかない。東森がいくら声を大にして、何か発言しようとしても、騒々しい無秩序な音の塊によって阻まれた。

「黙れ!」

 野太い声が、喧噪を突き刺す。瞬時にして、ざわめきが打ち消された。弱い犬ほどよく吠え、大型犬は一吠え。

 小石には、分身達が子犬に、南野誠吾が大型犬に見えてならなかった。こいつを敵に回せば、なかなかに手強いぞ。小石は無意識のうちに、ごくりと喉を鳴らした。

「俺は――」

 東森の主張が再開する。

「俺は、脱出口を探すことが不可能、とは思っていない。不可能に近い、とは思っているがよ。今まで誰も成功したことねえからって、たったそれだけの理由で、脱出口探索を諦めるのはおかしいだろ?

 考えてもみてくれ。昔の人間がよ、空を飛べるって思ってたか? 思ってないだろ。飛ぼうとしていた奴らは馬鹿にされたに決まってる。

 地動説を唱えた奴なんて――俺は名前忘れたけど――馬鹿にされるどころか、教会からの処刑だのなんだのが絡んできただろ? でも、真実は地動説だった。

 もちろん、俺はきれいごとを並べるつもりもさらさらねえって。努力したら報われるって人は言うけどよ、そんなことねえ、ってマジで思ってる。

 だって、努力して報われた奴の意見しかクローズアップされねえんだから。その他大勢の、努力してもどうにもならなかった、負けちまった奴の意見なんて誰も注目しないだろうし、そもそも努力が足りなかっただの、やり方が悪かっただの、お節介でいて曖昧な分析と最もらしい理由を要らねえのに投げつけてきて、はいお終い。ほんと、一体それで何をしたい、って思う。

 でもよお、努力しないと成功はねえんだ。努力は大前提なんだって。努力しても報われないかもしれないけど、でも、努力しねえと『かもしれない』なんてこともねえ。それこそ、絶対に無理だろ?」

 東森が一気に言い終えると、小石達がこの部屋に入ってきた時のように、静まった。さざ波一つ立たぬ平穏な海そのものである。

 しばらくして、一人の女が手を挙げ、おずおずと反論してきた。

「で、でも、努力が前提っていうけど、努力だけじゃなくて、運……そうよ、運も実力の内っていうくらいだし、やっぱ運によって、なんでも片付けられる、と思う」

 東森の論、それへの反論、いずれも正論だ。

 小石は内心で、唸った。正解なんてないのかもしれない。この勝負、負けるかもしれない。しかし、東森にしては随分と鋭い理論の展開だった。お前はよく頑張った。いつも馬鹿みたいな天然ぶりだが、肝心な時にはこうした力も発揮できるのだ。

 小石が、ちらと東森を見ると、そこに焦燥感はなかった。まだ、これからも話す気でいるらしい。

「運も実力の内って、言葉くらい俺も知ってる」

 おいおい、と小石は思った。ここにきて、頭の悪そうな発言は勘弁してくれ。小石は、ひやひやした。

「んでもって運ってやつが、努力しなくちゃついてこねえってことも知ってる。運だけが転がり込んでくるって、んなことねえって。努力してる奴の懐に舞い込むもんだ。だから、運も実力の内って言うんだろ?」

 東森は、言葉を句切った。

「要するに俺が言いてえのは、運もこっちに引き込むくらいに努力しねえと、なんもできねえってことだよ! 解ったか!」

 最後は叱りつけるような物言いである。俺から言いてえことはこれだけだ、と東森は一歩下がり、分身達の反応を見守った。

 南野が、大きな拍手を送っている。その体つきとよく似合う、豪快な拍手だった。

「大したもんだ。俺は断固反対するつもりだったが、そこまで言うのなら致し方あるまいよ。俺は、お前らの作戦に乗った」

 ガハハハ、と聞いていて胸のすく笑い声を放つ。だが周りの分身達だけは、冷ややか視線を小石達と南野に向けていた。

「無理だよ。君の言うことは正しいけど、でも無理だよ」

 他の分身達はうんともすんとも言わなかったが、小石は彼らも同意見なのだな、と悟った。

「その三十五歳も追いだしてくれ。それに、俺達は脱出口の手助けもしない。俺達はあくまで三十五歳を殺すっていう確実な方法をとるよ。だから、悪いことは言わない。その三十五歳を連れて、出てってくれ」

 身も蓋もない主張であった。

「おい、ところで、お前さん達は、脱出口について何か考えがあるのか? 実現可能性次第によっちゃ、こいつら分身も協力してくれんこともないと思うが?」

 しかし、小石達にはこれといった案はなかった。この世界の構造について解体している段階だ。脱出口発見の実現可能性は、絶望的に低い。

「あるよ」

 予想外の人物が、ふいに口を開いた。森塚だった。

「トキを殺せばいいの」

 暗い雰囲気の中に、小さな笑いが漏れる。

「笑わないで。正論でしょ? トキを殺せば、狭間から私達は帰還することができる」

「冗談はよしてよ。どうやってトキを殺すことができるの? 殺すことなんかできっこない」

 先程の女が、眉をひそめている。

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