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「じゃあ、説得すればいいのよ。トキが狭間にこうして人を集めているのは、なんらかの動機があるからでしょ? その動機を潰せば、トキだってここから解放してくれる」 「しっかしお前さん、トキの声は聞いたことあるが、姿の方はちっとも見ることができんぞ」 と南野。 俺も、私も、僕も。分身達が唱和する。 「私は見たことがあるよ」 「なんだって?」 小石は思わず、声を上げた。そんな話は、一言も聞いていない。東森も口をぽかんと開けていたし、真南夢も目を丸く見開いている。 「どういう奴か会ってみたかったって。一人も殺さずに、しかも生き残り続けている奴にって」 「ほーう、トキの野郎にどういった魂胆があるか知らんが、ともかくあいつは俺達に殺し合いをさせたいんだろ? とすると、あんたみたいな奴は排除したいんじゃないのか。だから、トキはお前さんと会ったのか?」 南野が、歯を見せて笑った。 森塚は、ええ、そういうのもあったらしいのね、と彼のちょっとした推理を認める。 「そして、もう一つあったの。どうやら、トキは昔、裏切られたみたいなのね。友人達に。それ以来、もう人が信用できなくなって……」 友人達による裏切り。 それは、まるであの『時の円舞』に登場する秋山正晴のような無駄死に。 誰もが躊躇なく飛びついた、救命ボートに乗り続けられるという旨味に。 「具体的にはどういうことだ?」 「詳しいことは言えないの」 そりゃないぞ、言え、言え、とまたも分身達がここぞとばかりに喚きだす。が、すぐさま南野の怒号によって、押し潰された。 「言ったら、殺されるから。私に与えられている時間全てを剥奪するって」 しだいに森塚の声が、小さくなってゆく。少しばかり震えていたし、小石は彼女の瞳に涙が光るのを捉えた。しかしすぐに森塚はうつむき、その事実を隠す。 「なるほどな。言えないけれども、お前はトキを説得することができるかもしれない、そうだろ?」 その体躯に似合わず、南野は優しかった。大敵になるであろうと予測していたが、それはまるっきり逆で、頼もしい仲間だった。 むしろ、厄介なのは分身達の方だ。『東森にしては』どころか、東森でなくとも、素晴らしい演説を披露され、その上納得したにも関わらず、反発してくる分身。主の方も腐っているにちがいない。 「もういい。お前達はどうせ、脱出口について一切協力しないんだろ? じゃあ、交渉決裂だ。でも、一応言っておく。もし、俺達と一緒に脱出口の探索に力を貸してくれる奴がいるなら、ついてきてくれ」 南野だけが、すっくと立ち上がる。他は気まずそうに顔を見合わせたり、俯いたりしているだけだった。 どうせ、俺達は鏡なんだ。南野みたいな特別じゃない。 非力なんだ、脆弱なんだ、貧弱なんだ。弱音ばかりが吐きだされた。 「けったくそ悪いな、お前ら。俺は強きをくじき、弱きを助けたかった。俺の主も、そう言っていた。弱者に力を貸せ、とな。だが、お前達ときたらどうだ? 弱いということを逆手にとって、ただただ助けを請うだけの糞野郎ときている。しかも、本当は弱くはないくせに、だ」 鏡は弱い、弱い、弱い、と反抗的な声が次々と上がった。 「嘘も大概にしろ! 鏡は能力が敵にバレてしまってはいるが、それでも十分強い!」 南野が吠えると、声の波がすぐさま引き潮になった。 痰を吐き、南野は東森に手を差しだした。その手が握られるや否や、東森が言葉にならない叫びを上げる。実に力強い握手がなされたのだろう。 「おいおい、ほんのちょっと軽くやっただけだろう」 「その身体じゃあ、ちょっとの握手も危険だな」 小石が、南野の身体をためつすがめつして見た。 「うむ、ちと強く握りすぎたか、うん? ああ、左手で握っていたわ、がっはっは」 騒々しい仲間を加え、小石達はマンションを後にしたのだった。 ※ 脱出口について、五人一緒に、落ち着いて話し合う必要があった。三人寄れば文殊の知恵、五人となれば、それはもう文殊菩薩を追い抜かんばかりの勢いがあるはず。 そういうわけで、小石達は花園マンション三階の奥、つまり分身達の集う部屋のちょうど上を占拠していたのだった。 『何それ? あんた、分身達と喧嘩して別れたって?』 刺々しい口調が、真南夢の携帯から発せられる。 『これで何もかもパーよ。解ってるの? それが生き残るために最善の策だったわけ? あんたはそう考えたわけ? 他の分身達の方が、よほど利口な選択をしてるね』 遠慮ない物言いにも、分身は反論せず――分身だから、よほどのことでもない限り反論できないのだ――素直に、謝罪を繰り返している。それを見かねたのか、南野が、おうおう、と横槍を入れた。 「あんたが真南夢さんの主か? 俺は、南野誠吾ってんだ。俺は、分身達を守る役目を降りた。今まで幾度となく感じていた疑問だが、東森の言葉がそれを確信に変えた。 弱い弱いと言っているが、あいつらは弱くない。鏡だって使い方次第によっちゃ、かなりの力を持つ。皆はこの左手があるから南野誠吾は強いんだって言っているが、そりゃあ勘違いだ。馬鹿馬鹿しくて話にもならん。 俺は、最初からこの左手を持っていたわけじゃない。主が死んでから、それも死後二週間ほど経ってからのことだ。その間、俺は鏡一つで、三十五歳をぶちのめしてきた」
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