ガシャポン彼女
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『へえ、大した自慢ね。鏡のできることといえば、相手の攻撃を跳ね返すとか、物を一定量だけ取り込むぐらいなものじゃない』

 小馬鹿にしたような真南夢の声。だがそれを意に介さず、南野は不敵な笑みを浮かべた。

「それも力によりけりだろう? 普通、使者の力は魂合物がいかに愛されたかで決まるが、鏡は例外だ。主の精神力が強ければ強いほど、分身もそれに比例して強くなる。これが、鏡が使い物にならんと言われてしまう所以でもある。誰とでも共鳴できるものだから、腑抜けどもがこぞって、鏡を使う。

 しかし腑抜けがいくら鏡を使ったところで、大した力は出んのだからな。そもそも、お前さんは一定量の物しか鏡には取り込めないというが、音はそうでもなかろう?」

 鏡は、音に関してはいくらでも取り込み続けることができる。それも、使者の力の多寡に関係なく。しかしながら溜め込んだ音を放ったところで、大した効果は得られない。せいぜい爆音や何やらを発し、敵を怯ませるくらいなもの。鏡が相手であると知られているのならばそのことを意識されてしまい、徒労に終わってしまうことがほとんどだ。

『ふうん、少しは頭いいんだ。音を使って、あれをやったんだ』

「ああ、あれもやったことあるなあ」

 小石は真南夢を見たが、舌をちろりと出すだけで何も言わない。東森を見ても森塚を見ても、彼らは肩をすくめてみせるだけだった。

「仮に弱くても、戦うべきだろ。はなから逃げ腰なのは気に入らないな」

 小石も南野に加勢すると、分身がおどおどし始める。主の機嫌を損ねるのが、よほど嫌なようである。

「分身達と別れたのがそんなに嫌なら、君が来い。主達が来いよ。主が影に隠れてこそこそするもんだから、分身もその影響を受けてるんじゃないのか?」

 小石は分身から携帯電話をかすめ取り、彼女が止める間もなく電話を切った。

「ちょっと、切らないでよー」

 ぶうぶう、と真南夢が言うけれども、これ以上の会話は時間の無駄、と森塚が終止符を打った。

「そうそう、時間の無駄。だからあいつの話なんざ聞かんとくわ」

 東森も加勢する。

「じゃあさー、もういいけどさ、葵さん、トキについてもう少し詳しく話せないの?」

 東森を無視して真南夢が切り返す。人それぞれ突かれたら痛いところあるでしょ、と言わんばかりの質問だった。

「言えないよ。でも、信じて。トキに心の温もりを教えることができたのなら、きっと彼は私達を解放してくれる。それ以上は、もう言えない」

「仕方ないな。それじゃ、俺からの提案だけど、皆、聞いてくれるかな?」

 皆の視線が小石へ注がれる。そして、皆厳かに頷いた。

「おそらく、十五歳の分身達は誰一人として協力しないだろうな。あの場にいたのは俺達を含めて十人。十五歳の生存者は十三人だから、どこかに三人いるはずだ。彼らが協力してくれるかもしれないが、どこにいるのか全く解らないし、今こうして話している間に殺されているかもしれない。なにせ、あの操り人形と殺人鬼がいるんだから」

「待て。殺人鬼というのは、あのおっかない同士討ち野郎のことか?」

 南野が挙手して、話を遮ってくる。そうだった、彼は殺人鬼について知らなかったのだ。小石はあの少年を殺人鬼と断定した経緯を、大雑把に説明した。南野は鷹揚に頷き、あい解った、とだけ言った。

「あの二人は、なんとかしなくてはならない。脱出口探索に協力してくれるどころか、こっちを殺しにくるんだからな。しかも積極的に」

「おし、なら今から殺人鬼退治に乗りだすか?」

 何か案でも、と小石が問うと、案もなにも出歩いていれば殺人鬼に出くわす、と南野は当たり前のように言い放つ。

「あいつら、まるで動物的なんだ。どこに獲物がいるのか、しっかり心得ている。俺も勘には自信があるとはいえ、あの操り人形だの殺人鬼だのには敵わん」

「そうか……勝算はあるのか?」

「うむ、正攻法で挑むと、こちらが負けると踏んでいる」

「なら、どうするの?」

 森塚が聞く。

「俺は、逆巻空間にあいつらを放り込んじまおうって考えてる」

 その手があったか。逆巻空間に入った者は、異次元へと誘われる。確か、真南夢がそう言っていたはずだ。

 森塚は、うんうん、とにこやかに頷いていたが、どうやってそこに入れるつもり、とすぐに険しい顔つきになった。命がかかっているのだ。危うい計画に、自分の命を賭ける気はさらさらないのだろう。

「そこも抜かりない。たまたま見つけたんだが、四十四間堂の奥に、それはそれはどでかい逆巻空間がある。おまけに、ちょっと見では、ちっともその存在が解らんときている。その上、あの建物、縦長だろ? うまいこと誘い込めば、向かい合うことになる。そこへ俺らが怒濤の攻撃を叩き込めば、いくら殺人鬼だろうと操り人形だろうと、後退するだろう。場合によってはそれで死ぬかもしれんが、たとえ死なんくとも、後ろに控える逆巻空間でお陀仏ってわけよ」

 丹念に練り込まれた計画だった。いつからその案を、温めていたのだろう。今思いついたような、荒削りな香りはどこにもない。

「前から、そんなこと考えてたんだな」

 小石が感心してみせると、南野が訂正を加えてきた。

「や、そんな昔じゃない。ここに来た時、たまたま通りかかったところに、四十四間堂があったわけで」

 誰かが逆説を口にした。森塚だ。

「四十四間堂には、千体近くの仏像が……」

 あそこには、大量の仏像がある。その数、実に九百九十八体。小石は頭を抱えた。これでは、南野の計画を実行に移せそうにない。

 仏像。

 すぐ壮絶な戦いが繰り広げられることは、明白だった。

「さっきも言ったが、俺の計画に手落ちはない。操り人形の野郎は、もうとっくに仏像全てを自軍に引き込んでおった。俺ら以外にも、獲物はいるだろ? そもそも、奴にとって仏像さんは財宝の山みたいなもんだから、放っておくわけあるまいに。事実、俺はそれを目の当たりにしたんだからな。おびただしい数の仏像による進軍を。最初、操り人形の奴からとっちめてやろうと思っていたが、あれはどう考えても、俺一人の手には負えん。そう判断して止めた」
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