ガシャポン彼女
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『何それ? あんた死ぬ気? とてもじゃないけど、あんたで勝てっこないって。何十体、下手したら、四十四間堂の仏像何百体を、ぶつけられるかもしれないのよ?』

 そうだった。今は出くわしていないけれど、京都府内のどこかを、現在進行形で仏像が練り歩いているのだ。

 五体の仏像にも手こずったというのに、それ以上ともなると、しかも桁違いな数を当てられるとなると、勝算は率直に言って、零だろう。努力もなにもあったものではない。瞬時にして、真南夢と東森の命は蹂躙される運命を歩むはずだ。

『と言ってみたけど、多分あれだけの数を操ることは、いくら奴でも無理なはず。どこかにでも、大量の仏像を隠してるんじゃない? せいぜいあいつが操れる数は、多く見積もっても、二十体かそこら。それ以上やると多分個々の力が弱まるし、動きも遅くなると思う――それより、殺人鬼から逃れる手立てはあるの?』

 手立ても何も、ただひたすら走って逃げる。だからこそ、自動車が要るのだ。あれがなければ、自転車を漕いで逃げなくてはならない。

 もし殺人鬼が自動車に乗って追いかけて来たら、どうしようもない。

『まるっきり役に立たないのね。近くに自動車ない?』

「あ、あるけど」

 真南夢は自転車を止めた。東森も怪訝そうな顔をしながら、止まる。

『じゃあ、今からそっち行く』

「え?」

 危険を冒したくはない、とあれほど言っていた主だったのに、どういう風の吹き回しか。自分が主を変えたのか。や、そんなことはない。

 小石と東森だ。あの二人にちがいない。変えたとしたら、この二人の行動、そして小石の言葉だろう。よくは知らないが、あの二人は現実世界で何度か話をしているし、その時に彼が彼女の凍った心を溶かしてくれているのだろう。

『鏡を開けて』

 そこで、携帯が切られた。

「な、何があったんだ?」

 真南夢は、自転車から降りた。

「主がここに来るみたい」

「ほえ?」

 素っ頓狂な声を上げ、東森は自転車から降りた。

「まあ見てて」

 分身はミルクに命じ、一畳ほどある大きさの鏡を作り上げた。いつも作る鏡より、いくらか表面が銀色に近い。

 一体、何が始まるのか、と東森が見ている。鏡から手の形をした銀色が現れた。

 な、なんでえ、これが真南夢の主かよ、と東森が後退する。

「違うって。よく見ててよ」

 指の後に、手、腕、顔、と現れ、ついに銀色に包まれている全身が鏡から出現した。だがしかし、その身体を銀色が力強く引っ張っていた。まるで、餅を引き延ばしているように。

 銀色人形がゴムのように伸びている膜を力任せに引っ張り、鏡を破壊した。銀色も消え去り、そこにいたのは真南夢――主だった。

「ひゃあ、こりゃあ、たまげた。真南夢が二人いるじゃねえか、って、こっちが主か」

「いつまで馬鹿面引っ提げてるの?」

 現れて早々、主はしかめっ面を、東森に向けた。

「ひでえ奴だ。俺は、馬鹿面なんかじゃねえよ。な? 真南夢?」

 東森が分身に同意を求め、彼女が肯定するけれども、主は一切聞いていなかった。自動車を認めた主は、すぐさま窓を蹴破り、解錠し、乗り込んだ。

 何をするつもりなのか。おそるおそる分身が覗き込むと、主はメーター周りに手をかけ、よいしょ、とばかりに解体していた。

 内部に手を突っ込み、二本の配線を取りだし、ポケットから取りだしたカッターで切断。その断面同士を何度か接触させている。

 火花が飛散した。

 思わず分身はのけぞったが、主は無表情のまま、その動作を繰り返した。やがて、エンジンがかかった。

「はい。後は、あんたがしっかりやるのよ。それから東森君、ちゃんと私の分身を守ってね。潰したら承知しないから」

「お、おうよ」

 主に気おされて、こくこくと東森は首を縦に振った。

「それじゃ、戻して」

 再度、分身は銀色に近い鏡を作りだしたのだった。

 

 

「どうして? 誰が、こんなことを。殺す、殺してやる。抹殺だああああああああ!」

 狂気で頭がはちきれそうだった。

 眼前に横たわる、処理するにはあまりに膨大な赤黒い事実。

 脳内に重く響く。

 心が軋む。

 形成された精神はいびつ。

 なのに、まだ彼女はこの世界で生きる。

 分身と東森に自動車を渡し、京都付近にあるホテル五階に戻ってきたら、全員が死んでいた。

 ほんのちょっと自分が留守をしている間に、ここで一体何が起こったというのか。

 過去の悪夢が、今体感している根深い悲哀と重なり合う。悪夢は蘇る。

 やっと手に入った小さな希望を、過去の絶望が取り返す。

 この部屋での鼓動が一つだけなのは真実だ、とりあえず。

 血の海が広がる大広間。ただひたすらに怖くて、彼女は泣き続けた。一体、誰が無慈悲にも命を毟り取っていったのだろう。

 許せない。地の果てまで追いかけてやる。真南夢は心に誓い、その意思を固めるべく、死体を見ようとした。

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