ガシャポン彼女
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 駄目だ、直視できない。骸の状態は、おそろしいほどひどかった。徹底的に切り刻まれ、原型がほとんど残っていない。

 それでも、一瞬見ただけで彼女は一体の骸が誰のものなのか知ってしまった。たまらず、嘔吐する。胃の中にある全てを、外へぶちまけてしまった。

 ひとしきり、げえげえ、と彼女は蛙が鳴くようにして吐き終えてから、遺物となった彼らを見た。

 ひどい死に方だった。まるで殺戮そのものをが楽しまれた後、とさえ思えてしまう。

 犯人は鏡の三十五歳にちがいない。指定区域外を、平気で歩き回っているのだから。だが、そうであるならば――そうとしか考えられないのだが――この一方的な殺戮はどうやれば実現できるのだろう。

 鏡同士であるなら、力は五分五分。十五歳達の精神力が貧弱で、三十五歳相手に劣勢になることはあるだろう。

 しかしここまで一方的な展開というのは、産まれてこない。そもそも鏡の主達は、皆、臆病なはずだ。

 危険を顧みず、攻撃をしかけてくるとは思えなかった。おかしい。何か見落としている。真南夢は歯を食い縛って、苦しみをこらえ、骸を見た。

 一、二、三、四――

 おかしい。もう一度数えてみる。

 一、二、三、四――

 だが、数は変わらない。全員が殺されたのであれば、ここには五体の骸がなくてはならない。

 

 

 自動車で走り続けて、ようやく人に会えた。嬉しかった――

「なんてわけないよ!」

 仏像二体と地蔵三体によって追いかけられていた。錫杖や宝剣を手に、彼らが迫りくる。地蔵は石でできているのだから少しは足も遅い、と真南夢は思うのだが、そんなことはまるでないらしい。

「もっと飛ばして!」

 東森を小突いたが、限界だって、と返された。じょじょに距離を詰められている。

 操り人形の主はすぐ近くにいる、という。しかし、どこにいるのか。仏像は走り続けているのだから、主も一緒に走らなくては操作可能範囲内から離れてしまうはずだ。それとも、あの情報はデマなのだろうか。

 仏像が宝剣で、自動車を横から斬りつけた。自動車に、重い衝撃が走る。今だ、と言わんばかりに、地蔵達がボンネットに飛びかかり、見事着地を成功させてしまった。

 鈍い音とともに、ボンネットが大きく凹む。

「もう駄目、この自動車はもたない! いい? 一、二の三で飛び降りるよ!」

 一、二、三。

 わっ、と二人は自動車から飛び降りた。時速百五十キロメートルで、彼らは道路と接触する。

 真南夢は大事な頭だけは守っておくべきだと考え、そこを抱えていた。ゆえに他の部分にだけ、熱い痛みが駆け巡る。

 じっとしていた。とてつもなく長い間、道路と荒々しい衝突を繰り返しているように思えた。実際は、ほんの数秒の出来事なのだろうが。

 顔を上げて敵の行方を探ると、百メートルほど先にいる。すぐにこちらに向かってくるはずだ。

 東森はどこだ。

「ま、真南夢……」

 左から、押し殺したような声がする。見ると、東森の服の至るところが破け、血がにじみ出ていた。

「待ってて」

 助けようと真南夢は立ち上がったが、自分も同じような状態だった。足に力を加えると、ふくらはぎに熱湯をかけられたような痛みを覚える。

 しかし立ち上がることすらできない東森より、十分ましな状態といえた。彼は頭を激しく揺さぶられたのか、立つことすらままならないのだから。

「行け、とっとと逃げろ……俺は、無理だ」

 東森が弱々しく、しっしっと追い払う仕草をしてみせる。

「何言ってるの? あなたが言ってたことは嘘だったの? それじゃあ、あの弱いことにかまけて何もしない連中と一緒じゃない!」

 ぴしゃりと言い、真南夢は彼を起こし、肩を貸した。

 仏像を見ると、真南夢達めがけて急接近中である。自動車と対等、いやそれ以上の速度を誇る彼らだ。逃げても勝ち目はない。

 真南夢が思わず立ち止まってしまうと、彼らも焦る必要はないと感じたのか、速度を緩めた。今では、歩き始めてさえいる。

 考えろ。あいつらを倒すのではない。主を倒すのだ。仏像を倒しても、意味がない。また、別の人形だのなんだのを当てられるだけだ。

 仏像の近くに、主はいるはずだった。それを見つけるのだ。

 どこに? どこにいるの?

 まずは落ち着け。辺りを見よう。当たり前の風景を見て、精神を安定させるのだ。

 左手にはコンビニ。

 右手にそびえ立つ五階のビル。その中は、一階から五階まで全て電化製品で埋めつくされている。

 乱れた呼吸を落ち着け、彼女はゆっくりと思考してみた。声は聞こえた、と主から聞いている。

 しかし、姿は見当たらない。もしかしたら、そういう使者がいるのだろうか。いや、それは考えにくい。

 使者は二体まで持てるが、強大な力を有する使者を持てば、必然的に残りは弱いのが相場である。というのも、主の力によって共鳴範囲が変動するからだ。

 百の力を持つ主が、九十という強い使者を服従させたのなら、契約を交わせることのできる二体目の強さは最大で十。弱い――貧弱な――駄目な使者――枕が使者――なわけはない。

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