ガシャポン彼女
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「ここは俺の知っている世界なのか?」

 小石は店内で拝借したお茶を飲んで、乾いた喉を潤した。不思議と、お茶には味も冷たさもない。

「まあ、知っているといえば知っているだろうな。正確には、ここがどういった世界なのかは俺にも解らねえがなあ」

 抽象的な説明が、小石の脳内を引っ掻き回す。彼が求めているのは、そのような答えではないのだ。

「ああ、解ってる範囲で言うって。そう急かすな。ええっと、なんだ、パラレルワールドって感じかな、ここは。んでもって、時間の流れが不安定な世界であって、ガキンチョはなぜかすたこらさっさと逃げだしやがる世界だ」

「はあ……」

 今度は具体的なものが飛んできたが、多量なため咀嚼しきれない。消化不良を起こしそうだ。

「待て待て。ゆっくりと、それらについて説明してやるからよ」

 東森は、ぽつぽつと奇怪だが真実を帯びる言葉を口から吐き始めた。

 この世界は、全てが機能を失う時があるようだ。機能とは、例えば車であれば走ることであり、食物であれば味がある、ということである。無論例外もあって、そういうところでは食料や飲料にも確かな味がある。

「しかしな、どういうわけか、一日ごとにほとんどの空間で多くの物がまともに動いている時があんだよな」

 ややこしい、と小石が呟くと、東森がにんまりしてみせた。

「見分ける方法があるぜ。猫や犬、鼠なんかを見かけた日はいつも通りに機能しているのが原則の空間で、見ねえ日は逆に無味無臭なハンバーガーが転がっていたり、車が走らなかったりする日だ」

「なんでだろ?」

「さあな」

 東森は、俺にもそこまでは解らない、と言い足してから、話を再開した。

「そうそう、言っておくがよ、俺はおっさんじゃねえぞ? 本当は十五歳のうら若き美男子なんだぜ?」

「俺もそうだった」

 小石は、改めて己の手や腕を見た。本来の肉体と明らかに違うそれらは、まだ身体になじまない。

「お、お前もそうなのかよ?」

 驚きを浮かべて、東森が小石に近寄る。異様に気迫ある迫り具合に小石は、たじたじになりながらも、ああ、と答えた。

「そうか……」

 その後数秒間、冷たい沈黙が降りた。

「なぜ、おっさん化するのかな」

 小石が疑問を呈すると、知らねえ、と即答された。

「俺だって、ここがどういったもんかいまいち解んねえ。ま、あの謎の少女さんが知ってるかもしんねえけどさ」

 言われて、小石は先程の燃え立つ炎と無傷の少女、そしてこの悪人面が彼女を仕留めるなどという物騒な言を吐いていたことを思いだした。

「実はな、俺はお前と今こうして話すまでに出会った人間はあいつだけなんだけど、あのガキは逃げて逃げて逃げまくるから、仕方なく最近では強硬手段に出たってわけよ」

 東森が、面白くなさそうに鼻で笑う。

「他に人間はいないのか?」

 東森は肩をすくめた。

「少なくとも、俺はあのガキンチョとしか出会ってねえ。炎で囲んでも傷一つ負わねえ女の子にしかな」

 小石は、先程の脈動する炎の山を思いだした。

「あれは、お前が作ったのか?」

「なぜかな、このライター使ったらできちまった」

 東森はポケットに手を入れ、ごそごそやってから、複雑な模様が彫り込まれているライターを取りだした。くすんだ銀色を身にまとうそれはかなり使い込まれているらしく、至るところに細かな傷が走っている。よほど愛用しているのだろう。

「このライターな、俺のじいちゃんも使っていたもんでよ。かなりの年期物だぜ」

「それ使うのか?」

 東森が頭を振る。じっと見つめたり、触ったりして楽しんでいるだけらしい。

「もうガス欠だしな。ま、とにかくこれを使って、精霊? っていうのか、よく解らねえけど、俺はその力を借りて従わせているだけだ」

 そうか、そうか、と小石は満足げに頷いていたが、すぐにそれを止めた。

「精霊? 力?」

「見ててなって」

 彼はライターを愛おしそうになでてから、顔を引き締め、精神を統一し始める。心なしか、東森の口から詠唱句でも聞こえてきそうである。

 固唾をのんで、東森が次に取る行動を見守っていると、「おい、こら出てこいや」とライラーを小突いている。これが、力を呼びだすのに要する儀式なのか。小石は訝った。

「ちょ、ちょっと待ってな!」

と東森は詰まり詰まり言いながら、背を小石に向け、何事かライラーに向かって主張していた。このアホ、ボンクラ、トンズラすんな、死ね、等々の罵詈雑言を小石の耳が断片的に拾う。

 しばし、その珍妙な独白の欠片を聞いていると、東森が、がーっ、といらついた声を発し、次にはライラーを床に叩きつけた。

 と、火が枯れ葉を浸食する時に出す音が微かに産まれる。そして、ガス欠の自動車が吐きだす呻き声に近い効果音も。

「おお! やっと出た! ほれ! 見ろ、こいつが俺の精霊だ! 最強だぜ!」

 一体どれほどの巨躯だろうか。小石はごくりと生唾を飲み込み、振り返った東森を見た。

「どこにいるんだ?」

「ここだ!」

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