ガシャポン彼女
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だとしたら? まさか、と思ったが、これに賭けるしかなかった。

「ミルク! 音でここらへん一帯を破壊できる?」

 ミルクの首は無情にも、横に振られた。

 期待して聞いてみたが、無理だろう、とは思っていた。音はいくらでも取り込める。そして莫大な音の波を一気に放てば、物を破壊させることができる。操り人形がどこにいるか解らない今、ここ一帯全てを破壊しつくすこと以外に彼を倒す方法は考えられない。

「どれだけの音が足りないの?」

 ミクルが、鏡の甲羅をてからせる。

 真南夢の頭に、情報が流れ込んできた。それによると、後一週間くらいの生活で得られる量の音が不足しているという。

「そんな! 今まで、主の命令で――ずっと集めてきたのに」

 分身として生を授かったその日から、常に音だけは鏡に取り込み続けてきた。音を取り込んでいない時間などなかった。

 会話も、靴音も、呼吸音も、ありとあらゆる音を。だが、足りなかった。せめて後一週間あれば、操り人形を潰せたのに。

 あの電化製品店に駆け込んで、音楽でもがんがんかけてやりたいところだが、あそこへ行くまでに捕まってしまうだろう。

「どうした? 勝算がねえって、顔、だな」

「音が、音が足りないの……」

「はっ、なんか、やらかそう、ってか……どんだけ、足んねえ――んだ?」

「かなり」

 随分大雑把じゃねえか、畜生、と東森が血の混じった唾を道路に吐く。そうしている間にも、仏像が歩み寄ってくる。

「ちょっと、ここに寝転んでて」

 音ばかりを取り込んできたわけではない。可能な限りのエネルギーを、ミルクの中に閉じ込めている。それを駆使して、仏像と地蔵を屠るしかない。操り人形を始末できないのは残念だが、そんな贅沢はこの際言っていられない。

「ミルク! カマイタチでスパスパッとやってやろうよ!」

 真南夢の前に、鏡が現出する。そこから、切れ味鋭いカマイタチが射出される。

 大気を切り裂き、仏像の腕や頭を切り落とすが、それでも彼らは行進を止めなかった。避ける素振りすらみせない。無抵抗のまま、部分的に欠落した存在が、行進を続ける。

 残り、二十メートル。

「まだまだよっ!」

 電気も水も炎も、鉄でできた仏像には効かない。せいぜい怯ますか、行進を一時的に押し留めるくらいだろう。

 ゆえに、カマイタチが最も有効な攻撃手段なのだ。

 真南夢は、獰猛なカマイタチを間断なく仏像と地蔵へ叩き込んだ。彼らから多くのものが剥落してゆく。しかし、仏像達の歩みが止まることはなかった。

「だ、駄目だ……音が、音が……音さえあれば、あんな奴ら……」

「しゃあ、ねえなあ」

 東森が立ち上がる。その身体では、何もできないのに。

「おう、鏡よこせ、そこに、炎入れて、やっからよ」

 東森は、へへへ、と力なく笑う。知略でもあるのだろう。真南夢はミルクの甲羅を、ジッポの口元に近づけた。弱々しく尻尾を震わせるジッポは、そこへ炎を注ぎ込む。

 赤い目が、かっと見開かれている。怒りからではない。何か、これが最後とでもいうような――

「止めて! それ以上やると、東森君死んじゃうよ!」

 使者を酷使すれば、行き着く先は死。それも重傷を負っている主なら、なおさらのことである。なのに、東森は最後の炎――命の炎をクルミに注入し続けた。

 真南夢は止めて、と言ったが、無駄だった。急速に、東森の身体から精魂がこそげ落ちてゆく。

「あば……よ……音を取り込め……じゃあ、また……後でな」

 東森の目から光が消える。彼はゼンマイの切れた人形のように停止し、倒れた。

「どこに? どこに音があるっていうのよ!」

 自分に最後の希望を託すなんて。しかも、仏像相手では炎などまるで役に立たない。並の炎なら、せいぜい石と鉄、あるいは銅の軍団を焦がして終わるだろう。それとも、石を溶かすほどの高熱をもっているとでも?

 もう敵は目の前である。十メートルとない。

 だしぬけに、不気味な鐘が打ち鳴らされた。冷たい音に、仏像達は動きを止めた。

 右手にある電化製品店の中から、嫌な音が激しく発せられる。この鐘の音で心が癒されることなど、今まで、そしてこれからも一生ない、と思っていた。

 だが、違う。心を不浄化する鐘の音は、今の彼女にとって救世主そのものだった。

 京都府内にある音を出しうる全ての機械が、あることを報じる。

『三時五十分四十七秒に、同士討ちが発生した。その者を今から空に投影する。心にしかと刻み込んでおけ。

 なお、この者を殺した者は、十五歳、三十五歳を問わず、無条件で現実世界に帰還することができるものとする。繰り返す、この者を殺した者は――』

 空に東森の顔が投影される。死ぬと解っていながらも命の限り炎を吐かせ続けた東森は、ある意味自殺したも同然。自分で『自分』を殺した――十五歳が『十五歳』を殺したのだ。ミルクが、機嫌よく甲羅を光らせる。音がたまったのだ。音の波によって、破壊の限りをつくせる。

「今よ! 東森君の炎もちょっとだけおまけしてやりなさいな!」

 ミルクが、素早く六芒星型の鏡を形成する。そこから、激怒する音の波、あらゆる温度を超越する炎が吐きだされた。

 暴走する音の爆発的衝撃が、前方に見える広範囲の物体を飲み干す。炎は多量の酸素を喰らいつくす。

 一瞬の出来事だった。

 視界に映る全てが崩壊し、残骸となっている。原型を留めているものは何もない。が、その中に、一枚のひび割れた小さな手鏡が転がっていた。真南夢は身体を引きずりながら、その鏡を覗き込んだ。

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