ガシャポン彼女
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 栗の爆ぜるような音を引き連れ、亀が現れた。それが背負っている鏡の甲羅には亀裂が横断しているものの、辛うじて形を留めている。亀は目を白黒させてから、男を鏡の外に放り出した。

「あ、あなたが操り人形ね?」

 聞くまでもなかった。この男こそが操り人形――仏像軍団の統率者だった。身体のあちこちに亀裂が入り、瀕死状態である。なのに、男はへつらうような笑みを浮かべている。気でも狂ったのか。

「あ、ああ。俺は、鏡で自分自身を取り込んでいたっていうのによ」

 彼を収納した鏡は、仏像の背中にでも張りついていたのだろう。攻撃をくらうかもしれないからこそ、いつも複数の仏像で襲いかかっていたにちがいない。どれか一体だけ、あまり攻撃を受けないように行動していれば、さほど危険はないはずだ。

 思い返してみると、遅れをとっていたがために炎を受けずに済んだ仏像、不屈の精神をもって立ち上がらなかった一頭の狛犬には、鏡が仕込まれていたのだろう。

「しかしよお、もうお前には力が残されてないだろ?」

 操り人形の目は、狂気で爛々と輝いていた。負傷し精神は酩酊状態になっていたが、それでも少女一人を屠る力くらいあるのだろう。

 落ち着け。まだ策はある、はず。真南夢は深呼吸し、思考の地底まで潜ってみた。

 ない、ない、ない。

 硬い思考を解体しても、だいたい空クジであった。
 ああ、時間停滞日で私は死ぬんだ。

 非現実的な感覚の中、真南夢は冷静に己の死をゆっくりと受け止めていた。あまり実感がない。

 時間停滞日。

 手痛い仕打ちどころか、ここで死ぬ――ことはない。

 いける、まだいける。真南夢は携帯を取り出し、時間を確認した。十一時五十九分。もう少しだ。

「くっくっく、お前を俺のコレクションにしてやるぞ。殺して、人形にしてやるぞ」

 今にも操り人形は飛びかかってきそうだ。

「ま、待って。少しだけ待って。後もう少しだけ。祈りを済ませてから」

「ふん、これだけの音を立てたんだ。色々とややこしい奴らが集まってくる。お前に最後の猶予は与えない」

「へえ、そう。残念だけど、君の周りの酸素はないんだよ。それって、解る? つまり、二酸化炭素とかを除いて、君の周りはほとんど真空状態なの。あ、そもそも二酸化炭素とかも炎の勢いで押し流されているのかな?」

 狭間は一日を終え、世界は時間停滞日から時間進行日へと切り替わった。全物質の本来所有する全機能、全特質が一挙に舞い戻る。

 真空状態でも来訪者が生きていられるのは、それもやはり時間停滞日によって、人の機能も停止しているからである。だが、今、時は流れた。

 真空状態における沸点は人の体温より低い。必然的に、人の血液は沸騰する道をたどることになる。

 操り人形の体内では血液が激しく踊り狂い、たちまちの内に蒸発してしまった。急遽、真空状態のところに空気が居場所を求めて戻ってきたのだが、それは少しばかり遅かった。操り人形は、すでにミイラ化した後であった。

「これ――で、コレクションと、おさ、ら――ばか」

 それを辞世の句とし、操り人形は死んでいった。狂気染みた笑みを貼りつけたままの男のポケットから、一体の人形が落ちた。拾い上げてみると、その肌、目、全てが生々しかった。

「ま、まさか――」

 彼女は思わず、その人形を捨てた。そう、その人形を構築しているもの全ては、人から作られていたのだ。目も、肌も、唇も、爪も、歯も。死体を集めて、人形作りをしていたのだ。正気の沙汰とは思えない。

 

 35歳:8

 15歳:9

 指定区域:京都府

 執行期間:28

 復帰時間まで後:1時間112

 

 真南夢は息を飲んだ。三十五歳は、真南夢が今殺した三十五歳を含めて二人減っているのは理解できる。だが、十五歳は東森を除いて五人も減っていた。激減だ。どこかで激戦でもあったのだろうか。

 ポケットで何かが震えている。携帯電話だ。真南夢は擦りむけた手の甲を擦りながら、通話ボタンを押した。

『そっちで誰か死んだの?』

「東森君が――」

 妙な間があってから、そう、と小さな声が返ってきた。

『実はね――』

 主が分身に受け入れがたい真実を告げた。

 ――鏡の主達が何者かによって殲滅させられた

『彼らだって――私は彼らと違うタイプの主だったけど――』

 電話越しから、小さな嗚咽が聞こえる。鏡の主同士であっても、真南夢の主は、他の主と比べて根本的に異質だった。自分さえ良ければ、とはなから思っていた人間ではない。自分の命だけを大事にしている者と相容れるわけがない。

 あいつらとは相容れぬ。

 そう言った主は、今何してる?

 暗い過去をいまだに見てる。

 他の主と馴染まなかった彼女。それでも、泣いていた。死んだ臆病者達のために涙を流していた。

 しばらく無言でやり取りし、電話を切ろうとしたが、主が呟くようにあることを言った。

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