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「――――――――――――――――――」 空白に聞こえた。無味無臭で、がらんどうの言葉に思えた。でも、それは中身が詰まった言葉だった。 やがて、実感が湧いてくる。この希望を、この温もりを、もう一度主の口から聞きたい、と思ったけれども、分身はそれを止め、ただ一言、解りました、とだけ言い、電話を切った。 真南夢は一息をゆっくりと吐きだし、その後、静かな笑みをたたえている東森の亡骸に歩み寄り、優しくなでた。 守れなくてごめん。 守ってくれてありがとう 自動車に乗り、囮作戦の再開だった。しかしながら、どうやらそれはもうしなくてよさそうだ。 遠方から車体がやけに低い、それこそ地面すれすれの自動車が、こちらに向かってきていた。 ローライダーだ。 そこに乗っている者は、少年、あの殺人鬼だった。他にも、何台かの自動車がこちら目がけて煙を上げて、走ってきている。 どこに隠れるべきか。考えた結果、巨大な仏像を作り、その中に入ればいいだろう、とうことになった。 小石の使者、レオンによって仏像が作られた。小石、南野、森塚の三人を、木造の仏像がすっぽりと覆いつくす。 敵が来たら、この木造を南野が叩き割り、すぐに出られる算段だった。しかし夏がゆえ、密室の仏像内はむさ苦しかった。 殺人鬼が来てから中に入ってもよいのだが、もしそれで失敗を犯せば洒落にならない。ならば、多少の暑苦しさは我慢しよう。 そういうことで、ここに入っているのだが、真南夢と東森が帰ってくる気配は一向にない。準備は整っているというのに、だ。 偽仏像の横には、三十本の鉄の槍を用意していた。小石が鉄で構成されている仏像の形を変えて、こしらえたものだ。罰当たりだろうけれども、仕方がない。生きるか死ぬか、がかかっているのだから。 「遅いな。あいつら、だいたいさ――」 小石が溜まらず不満を続けようとした時だ。 爆発的な音のうねりが轟いた。 「なに、あの音?」 森塚が言うも、その言葉すら掻き消されて、誰も返事できない。しばらく音の豪雨が辺りを激しく打ち叩き、やがて静寂が訪れた。 「ちょっくら俺が見てくる」 南野が、仏像の一部を開けてくれ、と小石に頼んだ。気は進まなかったが、仕方ない。あの音が、自分達の命に関わるものかもしれないのだ。 しぶしぶ小石は仏像の一部を大気に変え、南野を出した。 早く帰って来い、と小石は念じていたが、その必要は全くなかった。すぐさま南野が戻ってきたのだ。 「早く閉めろ!」 南野が、柄になく慌てている。小石は素直に従った。 仏像をきれいに閉じ終えると、堰を切ったように南野が話し始めた。 「凄いことになってるぞ。この四十四間堂の手前までの建物全てが倒壊している。まるで、一直線に絨毯が敷かれているような光景だった。瓦礫も何も残っとらん」 い、いや、これが肝心なことではない、と南野は自分で頭をこつんと叩いた。 「その絨毯の上を、何台もの車が走っている。あの中に真南夢さんがいるのかもしれないが、そこまで解らない。しかし、その何台もの車が、こっち向かって来ていることは確かだ」 あの現実離れした爆音と、何か関係があるのかもしれない。 「運が悪ければ、この四十四間堂も巻き添えくらって、消し飛んでいたかもしれん」 南野の顔が青ざめた。 「しばらく待とう。真南夢が来るとしたら、すぐに来るだろう」 小石の発言後、三人は黙った。これからのことを思うと、心が激しく揺さぶられる。無闇やたらに呼吸が乱れた。重大な一瞬が、もうすぐ訪れるのだ。 「どこにいるの?」 真南夢の切迫した声がした。 「ここだ!」 仏像に走り寄る真南夢の足音がする。 そして、彼女が仏像を軽く叩く音。 「うまいこと考えたね」 「もうすぐ殺人鬼が来るのか?」 「えーっと、多分、殺人鬼以外も」 真南夢は何が起きたのか、粗く説明した。東森が死んだことも。 小石の思考が消えかかる。 意識が遠のいたり、近づきすぎたりして、視界がぶれる。自分は何か喋っていたが、何を言っているのか、話者のはずの自分がさっぱり解せないでいる。 どうして、東森が。 あのトキからの連絡は、お前のことを言っていたのか。 なぜ、よりによってお前が死ぬんだ。 頬が熱くなる。なんだろう。意識をそこに向け、それから前を見た。南野が、強烈な平手打ちをかましている。 それを知っても、ああそうか、彼は俺の気を保とうと努力しているんだ、とまるで空から俯瞰しているような、幽体離脱した自分が抜けでた自身の肉体を眺めているような気分だった。 しかし、それでも何度か叩かれて、意識が明確になってきた。 「ありがとう」
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