ガシャポン彼女
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 ひりひりする頬を押さえながら、小石は礼を言った。

「いいってことよ」

 南野が、険しい顔で頷く。

「次の指令を出してもらおうか。俺らはここで殺人鬼とその他大勢の三十五歳を迎え撃つが、このままでいいのか?」

 小石は、肩に乗っかっているレオンをなでた。

「真南夢、悪いけど、君はそこにいてくれ。敵がここに来たら知らせて欲しい」

「来たよ」

「ああ、来たら、教えてくれ」

「来たって!」

 真南夢が、必死に訴える。

 もう来ていたか。小石は、南野誠吾に向かって頷いた。

「あい解った」

 南野誠吾の左肩には、色鮮やかなホース状のものがまとわりついていた。黒と灰色が交互に繰り返される模様を持つその先には、強靭な顎と他者を威嚇するような目がある。

「ダイジャン、力を貸してくれ」

 ダイジャンが、舌で空気をなめとるように見せて、応じる。

 南野の拳が木造の仏像を瞬時にして、木っ端微塵にした。

 木片が飛散する。小石達は、前から歩いてくる殺人鬼、そして五人の三十五歳を見た。彼ら全てが、異形の使者を従えていた。殺人鬼は、不吉な漆黒の影を引き連れている。

「お前を、今ここで殺してもいいんだが?」

と三十五歳の一人が言うと、やれるものならな、と殺人鬼に短く返されていた。

 彼らは、協力し合っていないようだった。それもそうだろう。同士討ちをした者であり、その上、その命を奪えば狭間から解放してくれる切符をくれる存在なのだ。

 友好な関係を築けられるわけがない。他者を軽く蹂躙できる力を殺人鬼が持っているからこそ、彼らは従っているだけだ。

 このちぐはぐな関係、協力しているように見えて、その実、全く協力していない彼らなら倒せるかもしれない。

 一糸乱れぬ十五歳と瓦解寸前の三十五歳がぶつかりあえば、こちらが優勢になれるちがいない。

 しかし、数的には劣勢だった。こちらが四人に対し、相手は五人。おまけに、こちらは東森のように純粋な遠距離攻撃ができる者は、真南夢と自分くらいしかいない。

 森塚に至っては、戦力外通告を出してしまいたいくらいだ。幸運、幸運というが、どれほどの効果があるのやら。

 と思っていると、森塚の掌にいるのはダイスだけではなかった。虹色の羽をまとった実に美しい小鳥がいる。しかし美しいのは前身だけで、腰から足にかけては茶色く汚れた毛しか生えていなかった。

 攻撃できるのか聞きたかったが、今はもう時間がない。

「攻撃を始めろ!」

 真南夢の鏡から、気性の荒い雷の鉄槌と激情家たる水流の混合物が発射される。大気を引き裂き、飛翔するそれだったが、殺人鬼の斬撃、その他三十五歳の放った氷の壁によって阻まれた。

 間髪入れず、敵から加虐的な攻撃の波が突進してくる。

 大気を凍てつかせる氷の槍も伸びてきた。すかさず小石は鉄壁を現出させ、受け止めた。

 そして、なんと森塚も守りから攻撃に転じていた。掌で踊る鳥に何事か命じた彼女の掌から、無数の小さな銀色の刃が撃たれたのだ。

 高速回転したそれらの何本かは三十五歳達の氷や炎の攻撃によって阻止されるも、小さな悲鳴が上がる。

 数本は命中したようだった。

「くらいな!」

 南野は渾身の力を込めて、鉄の槍を投げ飛ばした。尋常でない速度だ。彼の左肩から左手にかける筋力は、常人の十倍くらいはあるだろう。

 鋭い唸りを上げて、槍が三十五歳目がけて疾駆する。標的に選らばれた一人の三十五歳は必死に氷を出して阻もうとするが、どうにもならない。

 それに、他の三十五歳も彼を助けようとしないでいる。皆、攻撃の手を一切緩めない。

 一人くらい死のうが、あいつらをやってしまえば、もう十五歳は取るに足らない存在なんだよ、そんな声が聞こえてきそうだった。

 一人の三十五歳が、悲鳴を上げる間もなく絶命する。

 しかし、敵の攻撃が緩まったようには思えない。これは生への執着心が、力となって現れた形だった。

 負けられない。

 死に物狂いの攻撃。

 小石はひたすら守りに徹し、仲間が最大限攻撃できるよう取り計らっていた。しかし、こちらが、じりじりと押され始めていた。

 殺人鬼の斬撃を始め、彼らの攻撃はおそろしいまでの重圧を持っている。実際には、そんなものはないのであろうが、小石にははっきりとそう思えた。

 彼らの放つ猛烈な気迫が、小石を圧迫する。

 大して動いていないのに。これといった攻撃はせず、守りにばかり徹しているのに。それでも、敵の攻撃を見ていると、精神力が衰えてゆく。

 肌が燃えたと勘違いしてしまうほどの炎の群れ。

 急速に肥大化して、突進を繰り返す斬撃。

 それら全てを小石が防いでいられるわけではない。

 真南夢の電撃、水、氷、カマイタチがそれらを受け流し、反撃を再開していたから。

 南野が鉄の槍を、強力な左手によって投擲していたから。

 森塚による獰猛な刃の群れが、牙を剥いていたから。

 それらの一つでも欠けていたら、敵からの途絶えぬ怒涛の攻撃がこちらに到達し、終わりを迎えていただろう。

 計算外だった。殺人鬼だけが、ここに来るものだとばかり思っていた。や、敵が数人増えたところで勝つだろう、と高をくくっていた自分は大馬鹿者だ。

 計画を変更し、ここから逃げればよかった。でも、もう遅い。一度刃を交えたら、逃げることは困難だろう。

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