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何かが狂った。敵からの容赦ない攻撃が、こちらに届くようになったのだ。 真南夢の攻撃が停止している。貯蓄しているエネルギーが底をつきたのだ。 防御可能の限界点が突破された。 三十五歳達の種々雑多の、綿密に絡み合った攻撃が、脆くなった布陣に噛みつく。 あっけないくらい簡単に、食い破られてしまった。 洪水をせき止めているダムに小さな穴が産まれ、それが亀裂へと変化し、その勢力を急速に拡大する。 それくらいに一瞬のできごとだった。 小石の肩が、斬撃によって切り裂かれた。 南野も灼熱の炎を受けて、その身体を焦がしている。 氷の刃が、森塚の左足を掠め取っていった。 ありえない。こんな形で終わるだなんて。 「真南夢――こんな時にエネルギー切れってか」 「あ、ある!」 真南夢はあのことを思いだした。東森が死力を振り絞って、与えてくれた炎を。 「とびっきりの炎だよ!」 真南夢の鏡から、暴走する炎の渦が進撃し、次々と三十五歳の命を踏み荒らす。 東森の遺物である炎は、なおも侵略を続行し、しぶとく生き残る殺人鬼以外を殺した。だが、そこまでだった。殺人鬼は手にする仕込刀を舌でぺろりとなめた。 「危なかった。こいつらの命を喰って正解だった」 「え?」 「解らないのか? お前の炎を見た瞬間、死ぬって、俺は直感した。だから炎の中で、俺はあいつらの心臓を、これで一突き」 狂気染みた笑みが、殺人鬼の口元で広がる。 「俺の刀は、生き血をすする。そしてそのたびに、俺は強くなる。受けた傷も、治癒する。更に、俺の中で奴らの魂が脈打つ」 これが刀の力。 畏怖の万力が、小石を締め上げる。動悸が激しくなり、立っているだけで苦しい。 勝てない。絶望が広がった。あれには、どう足掻いても、倒すことは愚か、逆巻空間に入れることすらできない。逃げることもできないだろう。 「まだあるんだから!」 殺人鬼が足を止めた。 「あれで東森君の炎が終わったとでも思ってるの? 笑わせないでよ!」 宙に浮かぶ鏡から、炎による侵略が再開された。 殺人鬼の顔に焦燥がよぎる。計算外だったのだろう。人の命を奪い、なんとか一命を取り留めた彼だが、よもや第二陣が控えているとは夢想だにしていなかったはずだ。味方の自分でもそうなのだから。小石は力なく笑った。 「ありえ、ありえない!」 殺人鬼は、強靭な斬撃を撃ちだした。何発も何発も、迫り来る炎の渦へと撃ち込んだ。だが、それらは残らず、炎が平らげてしまった。 濁音と半濁音が入り乱れた、人とは思えぬ半壊した悲鳴が轟く。 巨大な焦熱が殺人鬼を鷲づかみにし、背後に控える逆巻空間へと運ぶ。だが、後一歩のところで、東森の遺物は使いつくされた。 「駄目だったか」 半身だけ起こし、小石が溜息を漏らした。 「いや、しかし、あいつはもう駄目みたいだぞ」 南野が答える。 原形をかろうじて留めている溶けすぎた蝋人形のようなそれは、立ちつくしたままで、動こうともしない。ほぼ溶解した殺人鬼には、なんの力も残されていないのだろう。 少年姿をしたそれのズボンが燻り、破けた。中から、光を反射する何かが落ちる。信じられないことに、それは鏡だった。 「おいおい、俺は今日何度、絶望と幸福の感覚を味わえばいいんだ」 小石が、独白めいた言葉を吐く。 「あ、あ、あ、主……」 殺人鬼の口から、汚らしい音を立てて、くすんだ血液がこぼれる。殺人鬼と小石達の間に、銀に近い色を持つ鏡がどこからともなく姿を見せた。 そこから、水銀でくるまれた子供が出てくる。それを引き戻そうと銀色の膜が未練がましく引っ張るも、鋭い閃光のような一太刀で、切り払われた。 そこに立っているものは、殺人鬼だった。主たる殺人鬼。 「あ、あい、あいつらを――」 吐血しながら、分身が訴える。 「それは解っている」 殺人鬼は刀を分身に、ゆっくりと沈めるようにして突き刺した。分身の顔にあったものは、驚愕、畏怖、悲観、絶望、敗北、それらの内のどれ一つでもなかった。納得したような、穏やかな表情だった。 分身の命は、容易く砕かれた。主は骸に差し込んだままの刀を、ネジ回しでも回すかのように、何度も抉る。そして、抜いた。 どす黒い血の洗礼を受けた刀身を、殺人鬼の指がなでる。 「もう俺を倒せまい」 「そんなことない!」 真南夢が、むきになって言い返す。 「お前の鏡には何も詰まっていないのにか? 他の奴らは、その身体でか?」 南野は左肩を潰し、自慢の腕力を振るえない。 小石もレオンを酷使した反動がきたのか、意識が濃霧の中をさまよっていた。 かろうじて戦えそうなのは森塚くらいなものだったが、小刀のようなものを飛ばせるだけである。 殺人鬼との戦いの結果は、見え透いている。 「私は倒せない。けど、あなたも鏡の主だったら解るでしょ?」 殺人鬼が、刀身をなでる指を止める。
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