ガシャポン彼女
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「鏡の主の精神はもとより、その性格は腐りきっている。お前らを助けにここへ来るわけがないだろう」

 真南夢は主から受けた指令を、言葉にした。

「―う――も――――――に――――、――――で」

 

 

 

 

「どう――も勝てな―――に―ったら、―――んで」

 

 

 

「どうし―も勝てなさ――になったら、――呼んで」

 

 

「どうしても勝てなさそうになったら、私を呼んで」

 

 最初、がらんどうに聞こえた言葉だったが、しだいにそれは小石や南野、そして森塚の中で膨らみ、意味のあるものへと姿を変えた。

「ありえない」

 ならば、ここで呼んでみろ、と殺人鬼が大胆不敵にも挑発する。

 真南夢はミルクの頭をなで、銀色の鏡を呼び寄せた。

 さざ波一つ立たぬ平穏そのものの鏡の表面を見て、ほれみろ、とばかりに殺人鬼が小さく笑う。だが鏡の表面に泡が浮かび始め、しだいにその数は増えた。人間らしきものが、浮かび上がってきた。

 真南夢、ついにこちらへ来てくれるのか。

 小石は嬉しさで胸が一杯だった。そうやって感動に浸っている間にも、鏡の表面が押し上げられ、次に弾け飛んだ。

 そこにいたのは真南夢――主だった。

 この切迫した状況とは不一致なまでに落ち着いている。だがしかし、主が殺人鬼の横に転がっている鏡を見るや否や、急に身体をわなわなと震わし始めた。

「お前か、お前がやったのか!」

 断定的な口調に、殺人鬼は静かに頷いた。

「臆病者は嫌いだ」

 拳を硬く握っていた主だったが、レオンによく似た――レオンは黒が基本色だが、この使者は緑黄色であった――使者を肩に出現させ「ミューレ、彼らの傷を改竄して」と素っ気なく言った。

 小石は身体に残る重い疲弊が消え、代わりに力が注入されるのを覚えた。

 ああ、彼女は弱かったのではない。強いがゆえに、その力による過ちを恐れていたのだ。自身の力を過信したがため、結局仲間の命を失い、自分もほうほうの体で逃げてしまった過去を繰り返すことを怯えていた。友を信用し、裏切られることを忌避していた。

 理由はどうであれ、ともかく彼女は逃げていた。自分は弱いと思い込み――実際弱くなっていたのだろう――自分は無力だと決め込んでいる鏡の主達と一緒になって、臆病者の烙印を自らの腕に焼きつけていたのだ。

 だが、それも今日までだ。

 彼女は生れ変わったのだ。

 過ちを犯すことを恐れていては何もできない。たとえ本当に弱かったとしても、それを理由に諦めてはいけない。

 南野誠吾のような猛者に依存する生活は、断ち切るべきだ。弱いことを逆手にとって、与えられた特権を乱用するのが、いかに愚かしいことか。

 主たる真南夢を見て、小石は自分の中にも潜む弱い部分を見つめ直すことができた、と思えた。

 横を見ると、南野が左肩を回して調子を確認していた。

 森塚と目が合うと、にっこり微笑んでくれた。

「一気にやってしまえ!」

 小石が叫ぶや否や、容赦なき攻撃が二重奏、三重奏となって殺人気に飛びかかる。

 小石は床一面を氷に変え殺人鬼から安定的な足場を強奪し、南野は常人ならば絶命必至の速度を有する槍を放ち、森塚は威力はさほどないものの凄まじい数の刃を発射していた。

 天地が穿たれたような音をばらまきながら、それらの攻撃が三位一体となって、殺人鬼の命に手を伸ばす。

 殺人鬼も負けてはいない。

 斬撃と刀身によって、それら全てを受け流していた。もっとも、防戦一方ではあったが。

 分身は中が空白の鏡をなでていただけだったが、急に主がふふふと笑った。

「あの音を取り込んだのが、あんただけだと思う?」

 分身に問いかけてから、主はレオンを引っ込め、代わりに鏡の甲羅を持つ亀を招喚した。

「ありったけの音を叩き込め!」

 空間が歪み、そこから巨大な鏡が顔を覗かせた。

 その表面から制御不能な音の波が解放され、三重奏に加わり、四重奏へと次元を引き上げる。

 断末魔ととともに、殺人鬼は後方へと弾き飛ばされ、そして逆巻空間へと消えていった。

 小石達の攻撃の残りかすも、その逆巻空間がご丁寧にも全て飲み干した。だがまだ空腹なのか、逆巻空間は不安定な空間のままであった。

「お、終わった……」

 小石は崩れ落ちるようにして、その場に寝転んだ。

 これで、終わったのだ。脱出口はまだ見つけていないが、これで誰にも邪魔されることはないはず。なにせ、殺人鬼を倒したのだから。

 後は、なんとかして三十五歳と十五歳の生存者を説得し、協力を請えばいい。応じるかどうかは定かではないが、やってみなければ解らない。

「外に出よう。殺人鬼みたいなのはそうそういないと思うが、いないとも限らん。この騒動を聞きつけて、やって来るかもしれない」

 南野が小石の肩をぽんと叩く。

 一同、四十四間堂の外に出、空を見た。

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