ガシャポン彼女
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 となると実に不運なことに、ありえないくらいに低確率の門をくぐって、殺人鬼は小石達のいる世界に来訪してしまったらしい。

「まずいな。俺達には、使者の助けは一切ない――けど、協力することはできる。数的には、こちらに分がある。殺人鬼にいくら力があっても、戦い方次第によっては、潰すことができるはず、だろ?」

 とは言ってみたものの、一体どうやってあいつを倒せるのか。発言者本人たる小石ですら、自分の言葉に首を傾げてしまった。

 不可能、という文字ばかりが脳裏に浮かび上がる。

「警察も敵わないんでしょ? どうやって、あいつを倒すの? あーあ、山中のように銃で狙撃してって、そんなの警察もやってるよね。じゃあ、爆弾か何かでやってしまいたいけど」

 爆弾。

 攪拌され拡散していた沢山の思考が、集結する。

 以前作ったダイナマイトは、まだ残っているはずだった。それを使えば、もしかすると倒せるかもしれない。

 しかし四十四間堂付近一帯には、避難命令が出されており、一般人の立ち入りは一切禁じられていた。あそこから、まず殺人鬼を誘いだす必要がある。

 庄戸タワーでも占拠して、そこへ殺人鬼を誘いだそう。ダイナマイトで道連れにしてやる。

「そもそもどうやって私達学生の分際が、庄戸タワーなんて占拠できるの?」

 自虐めいた指摘だったが、確かにその通りだった。その先が全く思いつかない。やはりあの力なくしては、殺人鬼と対等に渡り合うことはできないのだ。

 大した案は何も出ない。

 そろそろ店員の目が気になってきたので、場所をカラオケへと移した。だが、出ないものは出ない。名案など一つも出てこない。

「くそおおおおおおおおおおお! トキめ! お前はこの秘密が知られたくないんだろ! だから他の奴にお前のこと、あの世界のことを話せば、俺達をぶっ殺すんだろ?」

 誰も歌わぬカラオケルームで小石がマイクを手に、ここにはいないトキに向かって怒りをぶちまけた。

「なのに、なぜだ? なぜ、あいつだけ特別扱いする? 俺達には一切力を与えないつもりかよ! 殺人鬼の野郎にだけ刀を持たせてよ、俺達には素手で戦えってか? ふざけんな!」

 言い終えると、あの背筋をぞくりとさせる鐘が、小石達の心の中でなり始めた。

 

〈狭間〉

 

 力を与えられた後、そのまま現実世界に戻してくれる。そう思っていた。

 しかし、そこまでトキも甘くないらしい。小石達は、ちょうど四十四間堂の外を出たばかりの位置にいた。

 空を見ると、復帰時間まで残り僅か三十分であることが表示されていた。どうやら、ここに長居させるつもりは一切ないらしい。トキの奴め。小石は歯軋りした。

「ねえ、苛立ってないで、早くしないとまずいよ」

と主。

「え? 何? 何?」

「どういうこと?」

 主以外話題についていけないでいるので、小石は大まかな事情を三人に話した。彼らは深刻そうに耳を傾け、小石の話を咀嚼し、ゆっくりと頷いた。

「でも、どうやってここから戻るの?」

と分身。

 どうやって、力を持ったまま現実世界に戻ればいいのか。逆巻空間を試してみるか。駄目だ。リスクが大きすぎる。どの時点に戻るか解ったものではない。

 他に時間を遡る方法はないのか。

 小石は深く思案してみた。逆巻空間が駄目、となると、残る手段は使者ということになる。素直に考えれば、時計、ということになるだろうか。

「時計? うーん、共鳴したって人は聞いたことないよ」

と分身。

「時計はおそらく共鳴したくてもできない。あれは、力が強すぎる。おそらく、いまだかつてそれと共鳴した人はいないよ。もしできていたのなら、トキがすでに対策を打っているはず。そこまで奴も馬鹿じゃないと思うし」

 主が、悩ましげに額をこんこんと叩いている。

 時計が無理なら何があるっていうんだ、小石が八つ当たり気味に怒鳴った。

 もうどうすればいいのか解らない。このまま何も考えず、ただぼうっとして、そしてできるものなら深い眠りを貪りたいものだ。もっとも、今のような刺々しい精神状態で眠りに就くことができるとは思えな――

 枕だ。

 真南夢の言葉が、不完全ながらも再生される。

 

 枕って――それで時間を消耗して、どうするの? ただ、時間が流れてしまうだけ――

 ――寝ている時ってすぐに時間が経っちゃうね――まるで時間を移動したような――

 

『まるで時間を移動したような』

 

「今日は時間停滞日か?」

 怪訝そうな顔をしながらも、南野が腕時計を見て、頷く。

「なら、もしかしたら現実世界に行けるかもしれない。枕、枕を使えばいいんだ。寝て未来へ行けば、そして今日が本当に『過去の断片』なら、現実世界に行けるはずだ!」

「ちょ、ちょっと待ってよ! 私の言ったことを思いだして、そんなこと言ってるの? あれ、ただ思ったことを口にしただけで……」

 真南夢が異論を唱えるも、即座に小石は潰しにかかった。

「枕、役立たずだと思って、誰も使わなかったんだ。きっと、知られざる力があるはずだ。それがなんなのか、まだ俺も確証を持っているわけじゃないけど、やってみる価値はある」

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