ガシャポン彼女
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 小石の部屋に、十五歳達が集まった。

「この枕、でか?」

 南野が、ずたぼろの枕を、しげしげと眺める。枕というより、繊維状態に限りなく近いものであった。とうに頭部を乗せる中心の布は裂けて、中のポリエチレンパイプがはっきりと見える。

「しかし、お前は使者を二体従えているのだろ?」

 

 同時に契約を結べる使者は二体までだ。別の使者に切り替えたい場合は、契約破棄をすればよい。ただし、契約破棄には一日かかる上――

 

「解っている。だから、こうするんだ!」

 小石はポケットにしまってあったくたびれた手袋を取りだし、それをレオンによって分解した。砂状になった手袋が、小石の指の間を縫って、床に散らばる。

「契約破棄するまでもないだろ。潰せばいい」

 使者を温存しておきたい場合、契約破棄し、魂合物をとっておく必要があったけれども、今の彼にとってそれは少しも必要なものではなかった。

 小石は枕に手を当て、共鳴を開始した。魂と魂合物の連結する心地よい感覚が、すぐに産まれ、やがて小石と枕の魂は馴染みあった。

 驚くほどすんなりと使者を服従させることに成功した小石は、こくりと頷いてから、

「俺が行ったら、お前達も来てくれ。枕は適当に見つけてくれ。それから皆、庄戸タワー前に来て欲しい。あそこに殺人鬼を誘いだして殺す」

と言って、深き眠りによる時間移動を始動したのだった。

 

 

 体感したことなど決してないのだが、まるでそれは死の感覚だった。眠くて気持ちいいのに、どこかしら冷たくて、いっそのこと、この流れに乗って時を駆け抜け続けたい、という衝動が胸を突き上げる。

 違う、違う。

 俺は現代に行きたいんだ。眠って時間をすっ飛ばして、この力を保持したまま、元の世界へ行きたいんだ。

 心に降りかかる甘い誘惑が、嗅覚を刺激する。終末の日まで、一気に駆け上がってはならないのだ。

 小石は、自分が現代に戻るべきことを、しっかりと心に刻み込んでいた。だが甘い果実をたわわに実らす枝が、執拗に小石を快楽の方角へ導こうとする。

「うるさい! 俺は俺だ! 他の誰以外でもねえ! 俺は現代に帰りたい! 殺人鬼をぶっ潰すんだ! 脱出口を見つけるんだ!」

 心に溜まった主張を一気に吐きだすと、だしぬけに身体が無重力化され、ふわりふわりと浮き始める。気づけば、小石は自室にいた。

 カレンダーを見ると、現代である。時間は、カラオケルームからの来訪から全く経過していなかった。

 どうやら、成功したようだ。力はどうだろうか。小石はポケットに手を入れてみた。あった。携帯ゲーム機がその重量をもってして、明白にその存在を伝えている。

 他にすることは、もう解っていた。

 ダイナマイトを机の引きだしから取りだし、南野、真南夢、森塚、そしてその分身を呼びだし、懲りない殺人鬼を殺すのだ。

 あいつを殺したい、その欲望が彼の中で急速に成長していった。

「しかし、ダイナマイトは最終手段だ。俺達の力で、なんとかなるのなら、それでいい」

 

 

 京都駅前にある庄戸タワー前に行くと、すでにそこには十五歳達が集っていた。森塚を除いて。

 まさか、逃げだしたのか。

 嫌な予感が頭を掠める。いいや、そんなはずはない。彼女は、あの誘惑の手に落ちてしまったにちがいない。南野にしても、真南夢とその分身にしても、無数の手から逃れるのに相当な労力を要した、と口にしていた。

 森塚。

 落ち着かない人だったが、なんともいえない親近感があった。短い付き合いながら、濃厚な時間を過ごせたのではないだろうか。

 しかし、不思議と悲しみはなかった。知り合って間もないからだろうか。解らない。もしかしたら、人の死に慣れてしまったのかもしれない。

「行こうか」

 用意周到にも南野が覆面と手袋を用意していたので、各自それを装着し、庄戸タワー占拠に身を乗りだしたのだった。

 

 

 占領はあっけないくらいに簡単だった。それもごくごく当然のことといえる。なんといっても、向こうからしてみれば驚異的に脅威的な、それでいて全く新しい凶器を、こちらが持っているのだから。

 小石達は、その力がいさかかも劣っていないことを確信していた。それどころか、狭間よりも比較的力が向上した、と言ってもいいくらいである。

 すでに小石達は警察の交渉人と、これまた奇怪なやり取りを終えていた。殺人鬼をここへ連れて来い、俺達は奴の要求するマナムを人質としてひっとらえている、と。

 警察は渋っていたものの、その要求に応じるしかない、と判断したのか、それとも殺人鬼自らが、その情報を手にしたのか解らないが、ともかく彼は現れた。

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