ガシャポン彼女
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 エレベーターが上昇してくるのを、ランプが示していた。小石はごくりと生唾を飲み込んだ。

 とうとう、あいつを倒せる時が来たのだ。奴を野放しにしておくわけにはいかない。殺人に快楽を覚えている者を、どうして放っておけるだろうか。

 エレベーターから、見覚えのある姿が現れた。

 漆黒のトレンチコート、闇色のニット帽、ぴったり感のある墨色のジーパン、暗黒色の杖。木綿でできた純白の手袋とマスク。それらを身にまとった長身痩躯の男が、そこに立っていた。何から何まで、小石があの夜襲われた時のままの服装である。

 今思えば、あれが全ての始まりだった。

 自分が殺人鬼に『殺されかけ』なければ、狭間に来訪することもなかった。

 山中によって命を狙われることも、友を失うことも、こうして庄戸タワーを占拠し犯罪者になることも、一切なかった。

 あらゆる平穏が奪われたのだ。許しがたい。

 一方で、狭間は自分に色々なものを与えてくれた。

 苦楽をともにした友。

 集団における自分の存在意義の理解。

 脱出口に向けてのがむしゃらな努力。

 そして希望に向けて突き進む強固な決意。

「たったこれっぽっちで、俺に立ち向かうとは恐れ入る」

 皮肉を容赦なく叩きつける殺人鬼だが、小石と殺人鬼の関係こそ、皮肉そのものであった。敵でありながら、結果として多くを与えてくれた存在なのだから。

 なんの前触れもなく、殺人鬼は小石に急接近した。

 まるで風のような足の運び方、防御する間すらなかった。刃が小石の心臓を狙う。なんとか身を捻り、逃れようとする。

 しかし、避けきれなかった。

 肩から腕にかけて焼けるような痛みが走った。

 負けていられるか。

 小石は腕をチタン合金に変えて、刀による第二撃を防いだ。

 そして刀を改竄しようとしたが、殺人鬼が刀をすっと引いた。

「お前の力は、もう知っている」

 素早い剣さばきをすれば、刀との接触時間は短縮され、変化させるにまでは至らない。

 あの刀さえ、どうにかすればいいのだ。あれこそが、殺人鬼にとっての魂合物なのだから。

 南野が、左拳による打撃を三十五歳へ加えようとする。しかし殺人鬼は刀身で受け流し、南野の腹に強烈な膝蹴りを打ち込む。

 汚い嗚咽とともに、南野がかがむようにして倒れた。

 殺人鬼はとどめを刺そうとするも、真南夢と分身のタッグがそれを阻んだ。

 炎と氷というありえぬ組み合わせの渦が、殺人鬼を飲み干すさんとする。

 大気がひび割れ、狂った音波を拡散する波動であったが、殺人鬼の斬撃によって阻まれた。

 敵の方も強化されているらしい。

「ふん、まだまだだって。こっちに来てから、たっぷりと充電したんだから!」

「電気をぶちこむよ!」

 主が叫ぶと、分身が頷く。

 身をくねらす電撃が、大気中を素早く駆け抜ける。その軌跡は、まるで大蛇が地を這うのとそっくりであった。

 速度も申し分ない。さすがの殺人鬼も、近距離から撃たれた二発の電撃は、避けられなかった。

 電撃の野獣が、殺人鬼の肉を猛烈に喰らう。

 ぐぐぐ、と殺人鬼の小さな悲鳴が上がったけれども、それだけだった。多少の足止めくらいにしかならない。

 しかし、敗北は絶対あってはならない。

 小石は痺れる腕を擦ってから、立ち上がった。

 第二撃を、あいつへ!

 南野も立ち上がり、二人して殺人鬼の挟み撃ちという形になった。

 大気を抉る左拳。

 鉄槌化した両手。

 それらが殺人鬼に繰りだされるも、斬撃によって小石はあっけなく弾き飛ばされた。

 南野も斬撃を受けたが、どうにかたえきり、殺人鬼に攻撃を与えることに成功した。

 が、刀で受け止められてしまった。

「ば、馬鹿な!」

 筋力面において憧れの対象だった南野が、口にしたのはこの言葉だった。

 なんと、殺人鬼は南野の左拳を受け流しているのではなく、受け止め続けているのだ。純粋な力比べでは、南野は誰にも引けを取らないはずだ。どうすればコンクリートを穿つ腕力に、どうして太刀打ちできるというのか。

 だが、現に殺人鬼は南野のそれを受け止めている。そして刀を引き、彼に斬りつけたのだった。

 ほんの一瞬の間に、その動作をこなした殺人鬼。

 南野は胸を大きく抉られ、後方へ吹き飛ばされた。主がエミューレによる回復を試みるも、殺人鬼がそれを許すはずはない。

 殺意と禍々しい狂気のこもる斬撃が、射出された。

 しかし、真南夢は二人いる。鏡から繰りだされる怒涛の二重攻撃には、さしもの殺人鬼も後退を余儀なくされていた。

 いいぞ。そのまま、やってしまえ。小石は起き上がろうとして、激痛を足の付け根に覚えた。

 どうやら、あらぬ方向へ捻ってしまったようだ。これでは、とてもではないが戦えない。

「お前達だけが、二つだと思うな」

 殺人鬼が左手で刀を支え、右手で腰にかけられている杖に手を伸ばす。

 まさか。いや、嘘だ、と信じたかった。

 しかし、それは二本目の仕込刀だった。刀身こそ一本目よりやや劣るものの、れっきとした凶器である。

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