ガシャポン彼女
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 東森は、自身の右手を指差す。その先には、小さな兎みたいなものがつままれていた。茶褐色が基本色で、よく見せてもらうと、背中に一筋の白い線が入っている。

「やけにかわいくないか? それに、思っていたより小さいな」

 鼻をひくつかせるものだから、ぴくぴくと動くヒゲのさまがまた愛らしい。目はくりくりしていて、ビーズのような光沢がある。

「これが精霊?」

「俺がそう言っているだけで、これがなんなのかは解んねえって」

「ふーん」

 小石が兎モドキをもっとよく見ようと、顔を近づけた時、兎が咳き込んだ。焦げ臭い息が、小石の顔に直撃する。

「ああ、気をつけろよ。火を噴くから、そいつ」

 慌てて小石が兎モドキから離れると、兎は鬱憤でもたまっているのか、口から放射状に炎を吐いた。煙が漂流する。火の発生源が、これにあるのは間違いないようだ。

「あの少女も、何かその精霊ってのを持っているのか?」

「ああ。じゃなきゃ、とっくに少女の丸焼き一丁上がりってなことになってるわな」

 けたけたと笑う東森は、どこからどう見てもどこぞの悪役の親玉である。

「とにかく、四日前からずっと俺は歩き通してんだ。一体、いつになりゃ、元の世界に戻れんだか」

 東森の口元が微かに震え、瞳には少しだけ涙がにじんでいた。ずっと孤独を味わっていて、そこにようやく話し相手ができたのだ。ぴんと張っていた心の糸が、緩んだのだろう。

「ああ、眠てえなあ」

と東森は言って、ごしごしと目を擦っている。強がりで悪人面だけど、どこか弱くて憎めない。

「とりあえず、他に話せる人がいるかどうか探さないか? あの少女を捕まえられないんなら、仕方ないだろ?」

「そういえば、ずっとここいら近辺しか、俺は歩いてなかったな」

 東森の足下で兎モドキがヒゲをぴくぴくと震わせ、火の粉の混じったゲップをした。

 

 

 運転していて、小石はふと、今一体何時なのか気になりだした。フロントガラス越しに空を見ると、太陽は元気よく照っている。小石がこのパラレルワールドらしきところに放り込まれてから、それなりの時間が経っているはずなのに、である。いつまで昼が続くのだろうか。

 時間の感覚が狂ったか。小石は舌打ちし、それからも運転を続けた。燃料は最初乗った時よりも半分ほどになっている。しかし、それでも外は明るい。

「おい、時計を持ってないか?」

 東森が寝息で返事する。

「うおい!」

 声をやや荒げて、小石が東森の頬を叩くと、

「そこにあんだろ? ほら――」

 東森が気だるそうに、前方を指差す。

「あ、そっか。車には時計が元々――」

 デジタルで時が刻まれていた。いや、刻まれてはいなかった。

 12:00:00

 時間は固定されたまま、一秒たりとも演奏されることはない。

「どういうことだよ、これ!」

 東森が、うっせーな、と不機嫌そうに起き上がり、一瞬眉根をひそめたが、

「あー、多分、これ壊れてんだ、うん、おやすみ」

と言って、また睡眠の体勢に入る。

「そうかそうか――って、んなわけないだろ! ちょっと来い!」

 小石は嫌がる東森を引きずりだし、横手に見えるショッピングセンターに駆け込んだ。ウサギモドキも、軽快なステップでついてくる。

 中に入って、小石は早速時計屋を見つけだした。そこは、いやに落ち着いた空間であった。何百という時計が勝手気ままに、一秒一秒を区切る音色を奏でているので、やかましいはずなのに、だ。

「止まってる……」

「電池でも抜けてんだろ」

 すぐさま小石は電池の有無を確認したが、しっかりと電池が入っている。

「向きが逆、とか?」

 向きも間違ってはいない。

「じゃあ、電池が切れてるとか?」

「お前さあ、ここにある時計全てが電池切れなんてありえないだろ?」

「なるほど……とすると、ここは時間が止まっている? だから、食べ物に味がない?」

「確かに」

 これで、ほとんどの物質が機能を失っている原因が解った。時間がなにゆえに停滞しているのかまでは解らないが。

「あーあ。俺は命拾いしたと思ったら、こんなわけ解んねえとこに放り込まれてさあ。これぞ幸い中の不幸ってやつか? やんなるぜ」

「おいおい、一体何があったんだ?」

「車にひかれかけたのだよ、小石君」

「ふーん」

「あ、おい! もう少しいいリアクションとれよ!」

「俺は殺人鬼に殺されかけたな」

「ふーん」

「あ、おい! もう少しいいリアクションとれよ!」

 などとつまらぬ会話を進め、二人は重い腰を上げた。

 

 

 静寂に包まれた時計屋を後にし、彼らは車に乗り当て処もなくさまった。ビルが等間隔に立ち並ぶ人工的な空間を抜けると、しだいに周囲に緑が増え始める。

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