ガシャポン彼女
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「お前は誰だ?」

 上下も解らぬこの異次元に、人間ではないものが存在する。それの形は、人によく似ていた。

 腕も足も頭もある。基本的な骨組みは、人と比してなんら遜色ない。だが、ひどく痩せこけており、胴体や腕、足が枯れ枝のようだった。この空間を漂流する針がやや太くなったようなものである。目のあるべきところには、ただの正方形の凹みがあるだけだった。肌色ではなく、くすんだ銀色を身にまとい、目や指先、足先といった末端部分が限りなく黒に近い灰色で染められているのも、それが人ではないことを証明するものだった。

「私はトキです。あなたをここへお招きしました」

 トキ、まさかこのような形で会えるとは思わなかった。いや、形はどうでもいい。とにかく脱出口を教えてくれれば、あるいはトキによって維持されている狭間を潰すことができれば、それで問題はない。

「いいでしょう」

 何か反抗してくると思っただけに、拍子抜けだった。

「この世界の存在意義はなんだ? お前は、誰なんだ?」

 トキの目と思しき穴が、小石をじっと見つめる。

「お教えします」

 この世界は、トキによって現在と隔絶された空間である。真南夢の推測通り、時間進行日が未来であり、時間停滞日が過去だ。

 逆巻空間は時間の綻びであり、どこの時点と連結しているのか定かではない、時間の不安定さから来訪者の歳がぴたりと止まってしまうという仮説も、正しかった。

 違ったことといえば、ここが完璧な未来や過去ではなかったという点である。時空を捻じ曲げたり、切断、接合するトキの技術は完全なものではなく、現実世界と完全なる独立を果たすことはできなかったらしい。

 そのため、時間停滞日――過去における影響が、現実世界に出ることが稀にあるようだ。逆に、現実世界での出来事が未来に反映することも。

 そしてそういった影響の余波によって救われた者が、この世界、狭間への直行便という不幸の切符を強制的に握らされる。

 本来、ここに訪れる十五歳、三十五歳達は死ぬ運命であったのだ。だが、狭間が存在することによって救われた。

 俺は、トキによって命を弄ばれたのだ。小石は憤ったが、トキが最後まで話を聞くようになだめた。

 ――十五歳と三十五歳に限定したのは、人間それ自体を試したいというのもあったが、特にその年代に強い拘りを持っていたから。

「最初から狭間が空洞では、現実世界に一切影響が及びません。それがゆえに誰もこちらへ来訪することもなかったので、最初の三十人は私が選ばせて頂きました。無論、十五歳、三十五歳をね」

「ふざけんな! それに意味解んねえんだよ! なんでその年代なんだよ!」

「落ち着いてください。私が選んだのは、死に直面していた人ばかりですから」

 それを聞いて、小石の怒りは少し沈静したがしかし、なお憤懣は残っていた。人を玩具としてしか見ていない。正気の沙汰とは思えぬ輩に、怒りを感じない方が無理というものだ。

「また、来訪者達は救われ方によって、現実世界で実に様々な死に方をします」

 じゃあ、聡美は爆死したのか、と小石は聞こうとしたが、トキが手でそれを制する。

「あなたの疑問は全て解消します。それより、あなたは私がどうしてこういうことをしているかに興味はないのですか?」

「あるに決まってんだろ」

 無茶苦茶にむしゃくしゃする気分を殺すことができず、言葉として出てしまう。が、トキは波一つ立たぬ表情で、語り始めた。

 

 

 トキは、かつて現代世界における人間の使者だった。彼の主はおそらく世界で初めて時間関連の使者を従えることに成功した、実に優秀な存在であった。

 ゆえにこの強大な力を不用意に使っては、自分すらも破滅に導いてしまうことも承知していた。

 もっとも、時間に干渉する力は、共鳴する以上に力を要するものであり、主は使うことすらままならなかったのだが。

 ある日、主は豪華客船ティルスディア号に乗り込んだ。だが、そこで凄惨な殺人が繰り返され、とうとう主と生存者達は救命ボートで脱出することにした。

 十五歳と三十五歳による裏切りが行われた。

 主だけ置き去りにされ、他の者だけ助かったのである。

 

 

「待て。主はお前に助けを請わなかったのか?」

「はい。私を魂合物に閉じ込めたままでした。ですが三日経っても、なんのお呼びもかからず、不審に思って外を覗いてみると主の冷たくなった亡骸があるだけでした」

 ひどく『時の演舞』に似ている真実であった。いや、似ているどころではない。酷似でもない。そっくりそのままではないか。

「ああ、その本、私の原則をかいくぐりましたね。小説として、現実世界に残すとは。聡美さん――いえ、森塚さんと言った方がいいでしょうか」

 聡美、森塚、どこが同一人物だというのだ。そもそも年齢が違うではないか。小石には性質の悪い冗談にしか思えなかったが、トキは至って真面目らしく、真剣な面持ちで頷いている。

「狭間にいれば歳を取らない、ということは言いましたよね?」

「あ」

 短く裁断されていた糸が、ゆっくりと繋がる。

「彼女の使者はダイス。彼女は、この世界には二度来訪しているのですよ。一度目は、二十年間ここにいました。一度目は、二十年かけて彼女が偶然にも人を殺めてしまい、ここからの脱出に成功しました。しかし、すぐにまたここへ戻ってきました。現実世界の彼女は僥倖に恵まれていなかったのです」

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