ガシャポン彼女
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 ということは、聡美は実質三十七歳だったのか。

「私は彼女とよく話をしました。私としても、ここで手を血に染めず十数年も生き延びる人間には興味がありました。そう、最初は単純な動機だったのです。興味本位。ただそれだけ。しかし、そこから私と聡美は仲を深めました。

 無論、最初、彼女は私に対し敵対心を持っていました。ここに罪なき人々を閉じ込めて、殺し合いをさせるとはなんたることか、と。許せない、と。

 だから、私は話したのです。あなたの読んだ『時の演舞』に書かれていることを。私は人間に復讐を誓ったのです。愚かしい人間どもに。

 ティルスディア号で殺人を繰り返した人間も憎いですが、それにもまして主を裏切った人間が許せなかった。主は、おそらく彼らを信じていたでしょう。だから、私を呼びださなかった。最後まで、最後の最後まで、信じていたはずですから」

 トキの身体が、かくかくと震える。周囲に浮かぶ針も、それに合わせて戦慄するように振動した。

「私は世界の時を止めて、人間を実質抹殺した状態にしてやろう、と思いました。この身と引き換えに。

 しかし、主の言葉を思いだしました。人って奴はそんなに悪いもんじゃない、という言葉を。だから、私は賭けたのです。狭間という空間を作り、殺し合いをさせることによって。もし一人でも自分のことだけではなく、他を思いやる心を持っているのなら、私は世界の停滞化を止めるつもりでした。しかしそのような人は、一向に現れる気配すらありませんでした」

 それは、と言いかけて、小石は口を噤んだ。

 あそこにいる人は、表面的には誰も彼も自分のことしか考えていなかった。認めたくはないが、もしかしたら内面的にも自分だけが、という精神で生きていたかもしれない。その最たる真実が、鏡、であろう。

 しかし真南夢は違った。彼女は身の危険を顧みず、立ち上がってくれた。

「そうです。私は、あなたとその仲間達の行動を初めて見ました。あのようなことは、今まで一度たりともなかったのです。東森君、聡美さんの尊い犠牲。他者を守るために、惜しげもなく捨てる命。

 そして、自分自身との共鳴。感動しました。このような人もいるのだ、と」

 聞けば聞くほど、トキとやらはいかれた存在には違わなかった。だが、なんとも哀れな奴でもある。主とよほど仲が良かったのだろう。まるで、南野誠吾とその主のような関係である。

「お前は、主が死んだところしか見てないんだろ? その……十五歳と三十五歳に見捨てられただろう主しか……」

「ええ。ですが、間違いありません。海底に沈んでいたティルスディア号の救命ボートは一艘足りませんでしたから」

「じゃあ、解らないだろ。奴らがお前の主、秋山を見捨てたんじゃなくて、秋山が自ら犠牲になったかどうか、だなんて」

 トキの表情、動きがふいに固まる。

「ありえない」

「しかし、東森や聡美はそれをした。主が見捨てられたというのは、単なる予測だろ? じゃあ、もしかしたら主は自己犠牲になったのかもしれない、だろ?」

 これに対し、トキは沈黙で返した。言うべき言葉が、見つからないのだろう。今にも折れそうなか細い腕を、もう一方の手で忙しなく擦っている。

「真南夢も、かつて友人二人に裏切られた。それは明確な裏切りだった! でも、彼女は俺達を信じてくれた。お前は、俺達の何を見ていたんだ! 主は自己犠牲になったんじゃないのか!」

「その可能性を全面否定することはできませんね」

 これが最大の譲歩、なのだろうか。認めたくないのだろう。常識を崩した空間、凄惨な規則を築き上げたのが、単なる誤解から産まれたものだ、と認識したくないにちがなかった。

「もう過ぎてしまったこと。それよりも、あなたは聡美さんのことを聞きたくはないのですか?」

 トキが、話をすりかえる。話を変えるな、と言おうとしたが、そちらの話の方も、小石にとって随分魅力的だった。彼は、すぐに肯定した。

「彼女の過去は、凄惨なものでした」

 

 

 巨万の富を有する山村財閥は、娘を失った。二十歳。別れにしては、あまりに早急な死であった。
 受け入れがたい真実にたえきれず、山村夫妻は悲しみの日々を送っていた。子を取り戻したい。

 次の子を、とも思ったが、山村婦人の身体はすでに次の子を望めぬもの。とはいえ、一つだけ手段があった。養子をもらえばいい。山村夫妻は、養子として三歳だった聡美を選んだ。大変かわいがった。まるで我が娘がもう一度生を授かったのか、と錯覚するくらいに。

 平和な日々が続いた。聡美はすくすく育ち、しだいに顔や身体つきに特徴がでてきた。大層喜ばしいことのはずだったが、山村婦人はそれを良しとしなかった。

 自分達の娘と違う。これは娘ではない。

 今の娘に何の不満があるのだ、と夫は言った。姿形が死んだ娘と違うのは、致し方のないこと。しかし、婦人はそれを受け入れなかった。

 美容整形を聡美に受けさせたのだ。昔の娘そっくりになるように、と。それは年齢を重ねるごとに繰り返された。聡美が成長するのに合わせ、今は亡き娘と同年代の写真を医者に見せて。

 聡美は、何をされているのか解らなかった。とても怖かった。しかし婦人が大丈夫、大丈夫、と言うものだから、彼女は手術を受け続けていた。

 身体には激痛がともなった。腕や足に何かを注射され、途方もない痛みに襲われることもあった。だが婦人は甘い声で、それでいいのよ、と言うだけだった。

 足や腕の太さが変わり、顔も馴染みあるものから見たことのないものへと変わる。髪の色も、若干茶色に近いものになっていった。

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