ガシャポン彼女
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 ある日、聡美は古本屋でファッション誌を広げ、そこに自分を見つけてしまった。そう、自分そっくりの誰かが、そこで華美な衣装をまとい、微笑んでいたのである。

 なんなの、これ。

 そのモデルの名は、山村愛だった。苗字が同じ、顔が同じ。偶然の一致にしては、気味が悪い。彼女はその名を携帯電話で検索し、驚愕の事実を知ってしまった。

 これは、山村家にいた本当の娘。

 自分は仮定的、暫定的、な娘。

 トイレに駆け込み、聡美は胃の中のもの全てを、そこにぶちまけた。嗚咽が漏れる。涙も自分の意思とは無関係に溢れてくる。

 信じたくなかった。両親――いや、山村夫妻が、自分をかつての娘に仕立て上げようとしていることを。

 鏡を見ると、山村愛が見つめ返す。聡美は自分の顔を掻きむしった。殴りつけた。鼻に埋め込まれたシリコンが歪んだけれども、気にならなかった。これは、自分ではない。山村愛なのだ。聡美ではない。こいつを追いださなくてはならない。

 鏡を見直す。けれどそこに映っているのは、山村愛の哀れな姿だった。

 帰宅すると、父が驚いて駆け寄ってきた。大丈夫か、と。聡美は知ってしまったことを洗いざらい打ち明け、父に怒りをぶつけた。

 

 すまない。私はお前の親ではないんだよ。お前は養子なんだ。

 

 思考が白くなる。何も見えない。視野が幽閉され、心が生殺しにされる。自分は少なくとも、山村夫妻の子ではある、と思っていた。

 だが、現実は違った。自分は彼らの娘ですらなかったのだ。ただの着せ替え人形として、色々と彼らの好みに合わせて、着替えていたのだ。それも、顔や身体までも。

 

 私は反対したんだが、妻は昔の娘がいい、と。

 

 聡美は父親と思っていた人間を引っぱたき、部屋に閉じこもった。もうどうでもいい。自分は誰からも愛されていないのだ。この顔も、自分のものでさえない。

 死のう。彼女は、ガソリンをかぶっての焼身自殺を試みた。しかしなぜかしら、ライターがつかない。何度も繰り返している内に、やがて頭が冷えてきて、そして狭間へ来訪することとなる。

 

 

「彼女は、ここで二十年間過ごしました。しかし、いつまで経っても成長しない娘なものですから気味悪く思われ、家庭での居心地は悪かったようです。また、山村婦人からの嫌がらせも次第にエスカレートしていったようです。その重苦しい現実にたえきれず、彼女はまたしても焼身自殺を試みますが、これまた狭間の影響によって阻まれました。これが、二度目の来訪。それから彼女は家出し、その美しき肉体によって金を稼ぎつつ、転々と住む場所を変えていったそうです」

 あの聡美が身体を売り物にしていたという事実は、とてもではないが受け入れられない。

「責められることではないでしょう。十五歳にしか見えない彼女が独りで生き抜くには、それくらいしか手段はないのですから」

 だが、そのような生活をいつまでも続けていたくなかった。できるものなら、高校へ行ってみたい。そこで、彼女は制服だけ調達し、小石のいる高校に潜り込むことにした。彼女は、どこのクラスにも属さぬ人間だったのだ。

 言われてみると、聡美を文化祭や体育祭といった席で見たことはない。いつも一緒になって練習や打ち合わせをサボッて、遊んでいた。

「制服だけしか持っていなかったそうです」

 聡美、あれだけ顔にコンプレックスを抱いている理由が、胸に深く染み入る。かわいい、という言葉は、彼女にとって最大の皮肉だったのだ。

 いくら容姿を誉められても、それは彼女ではない。山村愛を好きだ、と言っているのと同義なのだから。

「さて、話はこれで終わりです。私は、これから狭間を閉鎖します。あなたは、現実世界に戻りなさい」

 周囲の風景が溶けだし、たゆたい、流れ落ちる。

 空中散歩する針も、その流れに乗って、次々と押し流されてゆく。莫大な音の波が、小石の耳を突き刺す。

 たまらず耳を押さえ、目も閉じた。息苦しい。音の洪水が、身体を洗い流す。五感が踏み倒され、何も感じなくなっていた。

 

〈現実〉

 

 やがて、他愛のない風の追いかけっこする音が、聞こえ始める。

 おそるおそる目を開けると、喫茶店側に大きく穴を開けた庄戸タワー内であった。真南夢、南野もいる。

 皆、無事だった。皆? そこで、小石は人数を確認してみた。おかしい。分身がいない。

 この空間を閉鎖します。

 トキの声が蘇る。ああ、そうか。俺達の力も抹消されたのか。自分と共鳴する感覚は消えており、ポケットにあるはずの携帯ゲーム機もなくなっていた。

「ありがとう、真南夢、の分身。お前は本家本元以上だった」

「うるさいわね」

 見ると、真南夢がもそもそと動き、起き上がっているところだった。

「小石、大丈夫か?」

 遅れて、南野も半身を起こす。

「大丈夫どころか、俺はトキに会って、目標を達成できた」

「本当か? 脱出口を見つけたのか?」

「いいや、それ以上だ」

「じゃあ、狭間を潰したの?」

 真南夢も怪訝な顔をしてみせる。

「いいや、もっと、もっとそれ以上のものを手に入れた」

 小石は歩こうとして、足を痛めていることを思いだしたが、なぜかしら癒えていた。おそらく、トキの形成した空間にいたことによる副次的効果なのだろう。

 小石は真南夢に歩み寄り、手を貸して立たせ、南野のいるところへ向かった。そして、真南夢に南野の横に座るように頼んだ。

「何をするつもり?」

 まあまあ、と小石が言って彼女を座らせた。

「それで、狭間を潰したこと以上のものとはなんだ?」

 小石は微笑を浮かべ、二人を両腕一杯に抱きしめた。

「お前達に決まってるだろ」

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