レンタル身分屋
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 ヨッ君と一通り話してから、二人して首を傾げることが一つだけあった。

 それは、もしレンタルしていたものを瑕疵あるものにするどころか、滅失させてしまった、つまり殺してしまった場合、元所有者の精神はどこへ行くのか、というものだった。どれだけの金銭が口座に振り込まれても、肉体がなければ無意味なことだからだ。

「死んだまま、というのは考え難いね」

 ヨッ君が推測するに、レンタルしたものを滅失しても、レンタル身分屋が再構築してくれるのではないのか、ということだった。

「それでさ、どちらが死ぬ?」

 最後の二文字を吐く時、どうにも意識してならなかったが、言わざるをえなかった。

「だよねえ。任務失敗だと殺すぞ、って脅されたもん」

 なんとも最悪なことに、俺達暗殺者は、しょせん契約社員なのだ。しかも、裏社会の。常識なんてものは一切通用しない世界だ。過ちは許されず、仮に任務を果たさなかったのならば、俺のこめかみに風穴が空いてしまう。ただでさえ、ニキビの痕があるというのに、そこにどでかいトンネルを掘られたらたまったものではない。

「ということで、ヨッ君、君が死んでくれ」

「凄まじくどうでもいい理由だね。もっと重要な理由があれば、僕が死んでもいいけど」

「いや、これは重要なんだ。俺のこの額は、父と母のDNAが入り混じった世界にただ一つだけのものなんだ。解るか? 生物学的に希少価値が高いものなんだ」

 誰にでも当てはまることだが、それを真に迫った演技でやってみせた。

「そうか。解ったよ」

 すんなり承諾してくれた。さすがヨッ君だ。出会ってまだ間もない仲なのに、彼が旧知の親友に見えてきた。

「ありがとう。君のことは忘れない。縁があれば、本当の身体でまた会おう」

 俺と彼は、固く手を握り合い、そしてその直後に俺は彼の額に風穴を作った。

 

 

 ヨッ君は今頃どうしているかな? 電気、ガス、水、給料、考えつく限りのものが止められている大邸宅にて、冷たいコタツの中で俺は身を縮こめていた。無論、身体全身をコタツにすっぽりと入れ、一切外気に触れさせてはいない。まあ、邸宅内の空気を外気と言うには変な気がしないでもないが。

 前の暗殺は成功したものの、ギャラは入らなかった。どうやら、ヨッ君のレンタルしていた肉体はやはり再構成されたようだ。ふむ、レンタルしたものを滅失させても、元に戻るのか。そういうわけで、俺の口座から結構な額が引かれていた。もっとも、それでも、今まで多量の仕事をこなしているので、懐はほくほくしている。

 さて、もう一稼ぎしてこようか。人間の欲は果てしないものなのである。威勢よく開扉した。いざ参らん。

 

 

 まさか、こんな身分があるとはなあ。淡い黄金色を基本色とした天界。足を支える地面はない。代わりに、適度な反発力を有する雲に類似した物質が連綿と続いている。そう、あくまで雲に類似する域にとどまっているのだ。つかめたり、ひきちぎって、こねて薄い金色をまとう雪だるまを作れたりするあたり、雲とは完璧に異質だ。

 この雲らしき物質は、当て所もなくふわふわと宙を漂っている。そう数は多くないものの、少しばかり鬱陶しい。

 俺を支えてくれている黄金色の雲モドキを、左手で掘り進めてみた。この作業は意外に楽しいのだが、しばらくすると飽きてしまう。しかし、少し経てば、またなんとなくやりたくなってしまうのである。

 そろそろ掘るのを止めようとした時、手に何か硬い物質が触れた。なんだろう。雲モドキ諸君を掻き分けて、拾い上げると、それは本だった。

 初めての惑星の作り方

 惑星作成Q&A

 海設置《入門編》

 等々……。掘った穴の底に、まだ数冊ほど転がっている。おいおい、初代神様は、創造において全くのド素人であったらしい。なんたることか。

 俺は顔目がけて漂流してきた小雲もどきを押しのけてから、ごちゃまぜの下界を見下ろした。相も変わらず、下界では取るに足らないことで揉め合っている。俺は、盛大に欠伸をかました。

 それにしても暇な身分だ。一体全体、何をすればいいのだろうか。というか、むしろ何もしなくていいのか。

 神様をレンタルした俺は、白くて柔らかな絨毯の上をごろごろと転がった。暇なもので下界を眺めていたら、哀れな人間をよく見かける。

 自動車にひかれて即死。

 戦争で殺し合う人々。

 天候の急激な変化で死ぬ人もいる。

 でも、面倒くさい。彼らを助けたからといってなんになる? いや、誤解しないて欲しい。俺はなにも冷たい奴ではない。最初は、俺も頑張ってやろうとした。けど、あまりに数が多すぎた。それに奈落の底に突き落とされたくらいに不幸な人を救うと、悲しいかな、奈落の底へ落下中の人の悲惨さが相対的に高まってしまう。

 幸福な人がいるのは、不幸な人がいるからだ。平和があるのも戦争があるから。いや……平和に限っては、存在しえない奇跡なのかもしれないが。

 ともかく、俺の言いたいことは、貧乏人がいるからこそ金持ちがいるのであって、凡才がいるからこそ天才がいるのだ。俺のように多くの才を所有する存在は、そういう人に感謝せねばならないのだ。

 そして、そして、神様というのも、やはり見守るものがいるからこそいるのだ。がしかし、どうにも人間というのはわがままだ。勝手に、俺を崇拝し、いかに気高く穢れなき無形的存在であるかを説く。

 やれやれ、だから、この身分もレンタルに出されたのだろうか。おそらく初代神様はこういう人間に愛想を尽かし、今頃、別の身分をご満悦しているのだろう。

 それにしても、暇だった。今回は一週間レンタルしたのだけど、まさかここまですることが何もないとは、想定外だった。もう少しやりがいのある仕事だと思ったのだが。

 仕方ない。俺は雲のコタツに潜り込み、スイッチを入れた。

 ああ、暖かく気持ち――ん? なんだ? 寒いじゃないか!

 天界の物質に故障なんてあるのか、首を傾げていると、今度は太陽が次第に暗くなり始め、次に地球の海がみるみると減少してゆく。どうした? 何が起こっている? 日蝕か? 温暖化現象が加速しすぎたのか?

 コタツから這い出て、原因究明に乗り出そうとした時、赤い封筒がひらひらと空から降ってきた。

 げっ。最終通告? まさか、初代神様は電気代を滞納していたのか? これはまずい。一刻も早く電気代、水道代を払わねば。雲で織られた財布を取り出したが、そこではたと動きを止めた。

 どこでどうやって払えばいいのだ? だいたい、神様から取り立てる不届き者の存在があっていいのか?

 どうすればいいか解らずしばらく、ぼーっとしていると、

「君はクビだ」

 遙か彼方から、胸糞悪い声が聞こえた。え? クビ?

「君の計画していた事業は全て破棄し、一から我々が作るつもりだ。本当に酷かったよ、あの惑星は。ゴミとしか言いようがない」

 またも声がした。

 まさかと思いつつ下界を見ると、地球が世にも美しい花火と化していた。

 目の前が真っ暗になった。え? これって、結果として俺が地球を破壊したことに他ならないのか? そ、そんな!

 重苦しい罪悪感が、のしかかってくる。

 あ、あそこには、竹馬の友ともいえるヨッ君も、憎いけどどこか憎めない上司も、そして何より大好物のピザ、古ぼけたコタツ、愛車のカウンタックがあるというのに!

 頭を抱えて、絶叫した。しかし、地球は帰ってこない、かと思いきや、我が故郷のあった場所に、小さな青い点が、ポツリと浮かび上がってきた。

 もしや、これがヨッ君の言っていた『レンタルしたものを滅失しても、レンタル身分屋が再構築してくれるのではないのか』ということか。

 喜びの余り、手を叩いて一人で騒ぎ立てていたが、どうしたのだろう。地球はそれ以上、一向に再構築されない。依然として、それはそれは小さな点のままの状態である。なぜだ。もしかしたら、あまりに大きな損失だったため、再構築ができないのかもしれない。そもそも俺の失態によって、再構築者たるレンタル身分屋すらも、壊滅させてしまったのだから、再構築が起きたこと自体、奇跡としか言いようがないのだが。

 それでも、俺は一縷の望みを胸に抱いたまま、小さな点を見守っていた。

 一日が過ぎ、二日が流れ、三日が経過した。それでも、やはり地球は、矮小な青い点のまま。

 絶望が、俺の心に殺到する。ああ、なんてことをしたのだろう。再構築する者は誰もいな――いや、待てよ。いるではないか! そう、この俺だ!

 慌てて、俺は掘り当てた『初めての惑星の作り方』を手に取った。時間はかかってもいい。なんとかしよう。多分、綺麗な惑星はできない。でも、なるべく最高の品にしてみせよう。そう、社長宅で俺が興味を抱いたあの作品、オシャブリをくわえている地球のように。

 

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